わっぽーセミナー情報(10月20日)

体験型わっぽーでは、体と心を整え、呼吸法・エネルギーホーム・エネルギーワークなどにより五感を磨きます。
五感は神が与えた人類の能力です。
この五感を磨き、もっと微細になることが、次元を引き上げる事であり、意識を高める方法であると想います。
チャネリングは時に危険を伴います。
今の意識がチャネリングに大いに影響し、共鳴を起こし、現実を見誤ることが起きる可能性があるからです。しかし、だからと言って、チャネリングをやめたが良いとは思えません。
今後の人類には不可欠であるからです。

エゴを超え、己の自己満足を超え、部分であることを自覚し(未熟な己を知る)、他を認め続けるならば、全体意識と共鳴し、自然にチャネリングし続ける人になるのだろうと想います。

それが未来人です。

実は、人は元々大いなる存在と繋がっていますので、特別な人になるわけではありません。

本来の人になるのです。

今回の未来人ワークショップは、もう一歩もう二歩進めたいと想っています。

両国セミナー『未来の人のためのワークショップⅢ』http://mitsuko-fumie.com/?page_id=1819

喪主になり、家長になる心の拠り所 ・ 受け継ぐ心

これは、私自身のことではなく、友人でありクライアントの一族に起きたことです。

 

二年半前のお父様、4年前に弟さんの最期に立ち会わせていただきました。
亡くなったお父様は、親御さんはもちろん、ご自分のご姉妹、姪っ子甥っ子も同じ敷地に住めるようにし、困ったことが無いかと面倒を見、一族を大切になさる方でした。

先日その友人ご姉妹のお母様が亡くなりました。
その日私は新潟に向かっている新幹線の中で、お母様死亡のメールを受け取り、あまりの突然の事で驚きました。お母様の死に立ち会えよう神にもお願いし、姉妹にもお願いしていたからショックを受けました。後で分かったことですが、立ち会う以上のお役目が自分に有ったのでした。

 

その日の仕事を終え、日本海をどうしても見たくなり、新潟万代橋から出ている市内観光バスで、日本海に向かいました。
海の向こうに佐渡ヶ島が見えます。

数か月前に、姉妹とそのお子さんお孫さんと一緒にお母様も目の前の佐渡に旅したと思い出し、あそこに行けたんだとお母様を忍んでおりました。

 

神の計らいは、お母様とお別れのチャンスを与えてくれました。
新潟出張のなか日、東京に帰って人とお会いする約束があったのです。そのお約束をキャンセルさせていただき、その日お母様にお会いしお別れをしようと思ったのです。
先方との間をつなげてくださったTさんには大変申し訳なかったのですが、ご理解を頂き、即座に動くことができました。

 

ご遺体のお顔に耳を近づけ、お疲れ様でしたと言葉をかけさせていただくと、『はあ~~』とため息、、、えっと想い、なんかお言葉がありますかと伺うと、やはり『はあ~~』とため息。

一寸場を離れ、もう一度近づき耳を傾けると、やはり溜息『はあ~~』

ご姉妹にため息が聞こえると伝え、一緒に退出しました。

ご姉妹お二人ともチャネラーなので、話は伝わりやすいのでそのままお伝えして、何かため息の元があるのでしょうと話していました。
お亡くなりになった経緯を聴き、明日朝早くに長岡に向かうので帰宅しようとした時、どうしても見てもらいたいものがあるとお誘いを受け、ご自宅に。

何度も訪れていたご実家。
8月下旬にもうかがっていたので、お母様のお元気なお姿は瞼に焼き付いていました。

玄関を入った瞬間、主を失った家はこんなに朽ちるのかと驚くほど家に生気が無くなっていました。
「見てもらいたいのは、甥っ子が腕にしていたパワーストーン。おばあちゃんが亡くなり、みんなが集まった時あまりにも邪気が出ていたので、塩詰めにし、家の敷地北西に置いてあるもの」と言う事だったので、日没近くでしたが、拝見しました。

その指示をしたのは、妹さん。もちろんチャネラーです。
プラスチックのラーメンどんぶりにピンク色の岩塩の山ができていました。

邪気の対処以上の何かの意味があると想いましたが、それがなかなか読み取れません。
自分が感じた気になる事をそのまま表すと、家の変化、パワーストーンの処理を指示した妹さんの言葉と拘り(玄関からではなく裏口からその場所に置く事)、喪主になるお姉さん、家長が変わるという事。

 

家の意識と家長となる人の意識を合わせる作業、そして、場を守る。
その後何かをする・・・・・とコンタクト!

 

とにかく今晩出来るは、「何かをする日」を決めました。
そして、お姉さんが喪主をする心構えをするお手伝をし、次の時代の家長となる指針を意識する事をチャネリングで受け取りました。
この時、お姉さんが「はぁ~」とお母さんと同じため息をついたのです。同じ音でした。
お母様のため息は、娘たちのこれからの大変さを想ってのため息だったのだろうかと、思い返していたのです。

 

その「何かをする日」まで、塩を敷地四方に置いていただきました。

 

新潟の仕事が終わり、祭壇にお参りに伺ったとき、ピンクと白い花に囲まれ、高貴な雰囲気のお葬式だった様子が浮かびました。
お客様がたくさんいらっしゃっても最後までおもてなし出来るご用意も、お母さんが望んでいらっしゃった事を全てお二人が実現していらっしゃいました。
お帽子がよく似合うおしゃれなお母さんの人生の締めくくりの舞台だったのです。
これらを一つ一つ整えて行かれたのが、喪主であるお姉さんとサポートの妹さん。
お見送りは、お母さんがこうしたかったであろうことの満載でした。

 

生前、お体が少しづつ不自由になって行く日常でも、お二人がささえながら、自分たちの楽しみは続けることで、互いが共に生きる事をなさっていました。
お二人は、チャネリングを特別ではなく、お母さんの心の奥を感じ、お母さんの意識とは別の魂の意図を観て、お母さんの言葉から出てくるマイナスを、ちょっとづつ感謝と幸せの言葉に引き寄せていらっしゃいました。
それは同時に、日常の介護によって起きる、ご自分の心を広げる事にも使っていらっしゃいました。
善だけでは人は生きられません。心の奥に沸く想いは闇もあります。偽善では、何の解決にはなりません。
自分の心に沸く想いも、お母様に沸く想いも内包しながら、お姉さんの腕の中で息を引き取られたのでした。

 

感動です。感謝です。

 

その後何かをする。と言う「何かする日」が来ました。

お宅に伺います。家はお通夜先日に伺った時とは違う雰囲気に包まれていました。柱も壁も、元気なエネルギーで溢れていました。
お母さんがご存命中と違った、若々しく、開かれた感じを受けました。

神事と言えばいいでしょうか?
松葉、ご家族の身を削いでいただいた爪、何かの文様・・・・・これらをお焚きあげするのだと薄ら感じながら、具体的なことはその都度聴きながら実行します。
聴いているのは誰なのか、それを断言はできません。けれども、お姉さん妹さんが強い直感の持ち主です。ご自分の魂が許可しない事ならば、今回の事は形になっていないだろうと確認しながら、一つ一つを形にしていきます。
ドンドンエネルギーが高まってくるのを三人とも感じ、緊張感が増していきます。

 

松葉をお庭で拾い集め、丸い素焼きの盆にお焚きあげの準備をします。
問題は何かの文様。・・・・・丸が幾つか浮かび、家紋が浮かび、それをどう組み合わせるのかをお猪口を置きながら創っていました。

真ん中に大きな丸、四方に四つの丸、真ん中に家紋が入るはず!!
そう思って伝えたならば、ピッタリの家紋がありました。

 

その紙を大地に置き、上に素焼きのお盆その中に松葉と爪、素焼きの周りを聖水でぐるりと円を書くように描き、お焚きあげを行いました。もちろん場所も指示通りです。

すべてが緊張の中、終了したのですが、くつろごうとしてもくつろげません。

先ほどの紙をもう一度持ってきて、何かするはず。
ここで、家長として信念を表すことになりました。
ご両親から受け継いだ一番大切な心、これを、家の理念として、形にするという事でした。
四つの円に文字が入る!それを行って今回の神事が完了するという事でした。

お姉さんが受け取った、お父さんお母さんの想いを文字に表します。
ご両親お二人が、子供たちや孫たちを育て見守る時の大切にしている信念とでもいうものでしょうか。
家長となったお姉さんに浮かんだお二人から受け取った大切な言葉

 

 

(ご本人の言葉です。)

心・・・揺らがない中心となる覚悟を持つ

智・・・大いなる智慧を使え

慈・・・偽善と潔しの対立も内包して溶ければ大いなる慈愛
   (私がこだわっていた潔しは小さいものでした)

強・・・強風に折れないや柳のしなやかなしたたかさ

2013092012140000

 

 

 

これですべてが終了しました。

 

本来このような作業は公開しません。
けれども、今回はとても意味があったように想いましたので、ご本人のご承諾を頂き、ここに紹介させていただきました。
大きな一つになる時、大いなる意図が中心となり、それらが、エネルギーの渦をうまく調整し調和してくれるのだと想います。人が亡くなると、心にも生活にも嵐が吹き荒れる事があります。
そんな時にも、その人が生きてきた大切なこと、自分たちが受け取ったことをもう一度認識する必要があり、それを形にすると、家族を守るエネルギーになるのだと実感しました。
このお守りはご仏壇に入れられました。

 

あるクライアントからのコメントです。

偽善と潔しは対立軸ではありますが
紙一重かもしれません。
人間は善であろうとし偽善として現実を混合すれば自らの暗部を隠そうとし
潔しは価値を超越したように観えて、価値の肯定即ち自らの保身となるでしょう。
慈しみという現実を超える感覚即ち狂いを認めることが
二者の対立を超えた生き方を示すものでした。

筆者と神との生死を超えた真実の対話に、今世”共に在ること”を励みとし
全うしたいと決めました。

 

弥彦神社・神が降り立った海岸・弥彦山頂上のワーク ②

弥彦神社セミナーのつづき

弥彦神社の本殿右の奥に重要文化財の十柱神社で頂いたコンタクトとにより頂いたエネルルギー

利き手を伸ばし手のひらに太陽のエネルギーを頂き、逆の手をお社の下に繋げ、大地と人が創った文化を載せ、交互にエネルギーを拡大していきます。
徐々に自分自身が大きくなっていきました。
2013092215200000

 

 

 

 

 

 

 

弥彦神社の神々に感謝し、海に向かいます。

海と弥彦山

天と地

右と左

大地の巨大なる一極のエネルギーを限界まで体感し、さらに対極のエネルギーを全身で受け取り、二極のエネルギーを天で合わせ、自分の中心軸を貫通させ、地に降ろす。
海岸で

201309221505000020130922150500012013092215060001

 
ロープウェイ弥彦山に登る。下を観ると、谷が道のように観え、先ほど海と弥彦山のエネルギーを合わせていた、神が降り立った海岸と一直線に結ばれていた

弥彦山で、弥彦山のエネルギーと一体とならせて頂く。

 

コンタクト

生きを意識し死を感じ
この気流に乗る者たちは地を歩め
そこで繋げを忘れず
極端を味わう
そこで身は地に在り
魂は空に在り
そのギリギリ感を互いに観つめ
我を大きく広げる

20130922150800002013092215310000

 

 

 

 

奥の院でコンタクト

プレゼントが欲しかったならば、太陽に向け、手を差し出せばいい
20130922151900012013092215180000

 

 

 

 

 

 

一点がたくさん存在しているその一点に集中し、点が宇宙になった時、
他の点もそれぞれの宇宙となり、

宇宙が幾重にも重なり合っているのを体感するといい
その時初めて自分がいる世界が分かるだろう

 

 

ひっくり返すは
自分の固定概念をひっくり返す

 

 

満から欠くのではなく
満つる事は無いから
次から次へと有るとなる
満ちたと想う事は 慢心である
満ちて欠くなどは 神々の世界ではありえない
まして 人間界で それを持つとは 大きな勘違い
満ちる方向へとは 次から次へと足されていくのだ
だからこそ 大きくなるのに 限界は無い!!

 

足早にコンタクトだけお伝えしました。
翌日の馬高縄文館の今の展示も素晴らしく、何度訪れても新たな智慧を頂けると感動しました。
ぜひ一度は行ってみてください。
期待を裏切ることはありません。
あまりにも強すぎて、エネルギーあたりすることはありますが・・・・

 

フラフラになりながら楽しんで参加していただいた皆様に感謝し、お読みいただきました皆様に感謝です。

参加いただきました皆さんのブログを紹介いたします。

長井知子さんブログhttp://phoenix-nagai.com/?p=3237

参加者Sさんのブログ http://ameblo.jp/mishow-cat/entry-11622005537.html

10月1日コンタクト

YUKA コンタクト
見えないものを恐れない
見えるものが全てでないことを全てのものが気づく
それぞれの世界が自然な形で交わり、バランスをとる
不自然なものは、よりこの世界では浮いて見える
別の世界へ行くだろう
全てのものがあるべき場所へ、居るべき場所へ
のびのびと暮らす平和
良いことも悪いことも全てが連なっている
ただ一辺を見るのではなく、流れを見る
 
踏江コンタクト

死に際に 何を想うか 

その時を 想うだけで

抱えきれない 時間が集約され

抱えきれない エネルギーが集まってくる

そんな時を持てるのは一度しかない 一度は必ずある瞬間よ

弥彦セミナー参加者の日記より

三歳のひまちゃんと、若いおばあちゃん
ひまちゃんは人の心が読める子です。幽霊さんが観えるというところからお付き合いが始まりました。
ひまちゃんの霊的能力が上がり、大人の心を読めるようになってきた今、傍で支えるおばあちゃんの力量が必要になってきます。
幼子が安心して自分を出せるのは、どんな自分も受け入れてくれる大人が、納得いくアドバイスをしてくる時です。
私自身祖父がその役割を担ってくれました。
厳しく暖かい祖父に抱かれていた自分と、おばあちゃんに抱かれながら、いえ、しがみつきながら、海のエネルギーを動かし山のエネルギーを動かしている彼女が重なっていました。
      *
      *
      *
ひまとの弥彦とその後

弥彦セミナー一日目

ひまと一緒に参加

弥彦駅に集合

みんなで今日の話しを聞いていたが頭がボーとしてあまり記憶がない…
普段頭痛はないのだが
昨晩から頭の真ん中から上を孫悟空の輪っかで締め付けられるような頭痛が続いていた

弥彦神社へ向かう

ひまはその場所場所で何故か石を拾って遊んでいた

途中、横の鳥居から正装の宮司さんがスーと現れる
その時だけ全く人通りがなく
宮司さんを私達が迎えるような状況になる
後ろにいたひまが手を叩いて笑っている
「来た、来た~」
「すげ~怖っ」
大きさを感じたようだ

神社を出て海へ向かう

サンダルで海の波を少し感じる

ひまを抱っこしながら
海のエネルギー、山のエネルギーをらせん状に混ぜ合わせ
自分を通しながら地球へ降ろす
(これで良かったのか⁇)

次は弥彦山へ向かう

山頂駐車場から
急で振動の激しいクライミングカーで1分
山頂に着く
ひまはとても喜んで乗っている

その頃私は顔色が悪かったようで心配される
私自身それほど疲れは感じていなかったが、倒れそうな様子だったという

ひまは私のヘソの位置に笑いながら平べったい大きな石を置く

あとで踏江さんに聞いたら
あの石は「気を抜いていた」との事
あの時、地球からのエネルギーをもらっていた時なので
あの石が気が通るのを邪魔していたようだ
ひまは私を試してイタズラしていた…

長井さんはその様子をみて
「処刑、貼り付け」の言葉が
浮かんだと言う…

ひまは石で遊んでいた…
その場所ごとに石を変えていた
石を重ねたり投げたりして
エネルギー場を変えていたらしい

外側から見れば3歳の女の子が石で遊んでいるだけでしたが…

全然分からず、展望レストランのソフトクリームが食べたくてそっちに気持ちがいっていた私
σ(^_^;)
呑気なのか鈍感なのか…

その後他の皆さんは
奥の院に向かったが私とひまはソフトクリームとラーメンを食べて、新潟へ戻った

ひまをママに預けて
また長岡へ向かった居酒屋での
不思議な体験は既にmixiにアップ済み (後日アップします)

ひまと参加した弥彦セミナー

その後動きが急速である
ひまの変化に対して…
そしてもう一つの課題
旦那との関係…
もう一度話し合った

全てが真剣勝負である

踏江さんからのメール心にしみました…
メール:
真っ正面からぶつかって、嘘偽りのない状態ならば、透視されても何でもありません。

驕りも言い訳も自分が自覚したなら、したあとその自分を何とかしたくなります。

人は死ぬまで未熟です。
未熟な自分を認めているなら、神は沢山の支援をくれます。

そのやり取りをひまちゃんが感じたなら、一番の人間教育に思います。

聖人を目指す必要はありません。
正直であれ!だけです。

旦那さんも正直な方です。

だから、表せないのだと思います。
守ってくれる父が早くにいなくなったのですから。

愛し合ってください。
そんな相手と家族でいるのですから。

先ほど思いました。
娘が10歳の時一年間別れて暮らしました。
私の中は娘の愛でいっぱいです。だから、私を透視しても離れていても、あの子は私の愛を疑わなかったのです。
それは今も続いています。

正直である。
愛している。

それが基本ならば、大丈夫です。

沢山の事を学べます
感謝です
ありがとうございます