4月 これからの時代

4月に入り、呼吸法をしていて、プラーナ管を天空に伸ばしたときの位置が高くなってきました。
という事は、目眩がするような宇宙エネルギーが近くに降りてきています。

想いも、ちょっとした決意も、行動も今まで以上に効果があり、自分の想い以上の状況が創られる可能性があります。
ですから、今までと同じ捉え方だけすると、他の世界が観えにくく、狂信的になりやすいので、多方面の受け取りが同時に出来る心と脳スペースを持ったが良いでしょう。

自分の今の想いは大切です。でも、その想いだけが真実になってしまうと頑固になり、想いに固執し、孤立してしまいます。
自分とは違う考え方を持った人の想いを同時に自分の中に入れてみる必要があります。
そこに詮索も判断も無く、相手の想いの念を取り去り、ただ字面だけを何度も音として繰り返してみて、腹に入れる事が出来たならば、自分の想いも同じように想いの念を取り去り字面を繰り返して、相手と自分の想いのエネルギーを並べてください。
このエネルギーワークは、効率よく対立する2つを認め一つとし、もっと広がった考えが浮かんでくる方法です。
これからの時代、そのようなヒトが必要です!
たくさん必要です。

 

 

プロ意識

以前、職員の指導させて頂いたときの話です。

 

プロ意識を持っていただくことが大切とお伝えしました。

 

「プロ意識」

 

それは、仕事に誇りを持ち、自分の長所短所をしっかり認識し、自分の立場でできる事を責任を持って行う事です。

 

働いている人は、そこでお給料を頂いておりますので、その場ではプロなのです。

 

プロ意識を持つと、仕事に対しての心構え違います。
大変な仕事も、やりがいになり、能力もついてきます。

 

実際、プロ意識を持たれる前は、甘えがあり、代表に対し不満が多く、雰囲気はぎくしゃくしていました。プロ意識を持ち始めると、接客の姿勢も変わり、段取りもてきぱきとなってきました。
笑顔が増え、場の雰囲気も変わってきました。

 

もう一つ大切な事ですが、職員が働き甲斐があると感じるには、代表の意識が大切です。

 

一番のプロ意識が必要なのは代表ご自身でした。

 

代表も、職員も一緒に自分磨きをしていく事が、その会社を育てる事に繋がりました。

 

今でも関わらせて頂いております。
成長していく会社と言う器、成長していく代表、成長していく職員、それらが複雑に絡み合い、大きな集合となり、人の笑顔が増えていくのを拝見できるのがこの上ない幸せです。

 

私が行った事は、プロ意識を持って人に接する形をお伝えしたのです。
意識は、形に表れます。
その違いを実感して頂ければ、自分の気持ちをどう処理して、仕事に向き合えるか感覚で分かってきます。
同時に、甘える自分の想いが湧いた瞬間に認識すると言う事も行っていきました。
始めた当時はやってどうなる?と言う捉え方はあったと思います。が、すぐに、効果が表れてくると、喜びが増えてきますので、自分を変える事への抵抗より、変化を望むことが出来ました。

笑顔は笑顔を呼びます。
それは、自分自身を幸せにできる、近道なのです。

 

 

追記

このブログを書いている最中、10代から関わっている方から電話がありました。

泣きながら、仕事をやめたいのではないけれど、気持ちが入らない、もやもやして、目の焦点も定まらない、どうしていかわからないと言います。

人生は大変で、仕事はこんなことだらけ!
モチベーションをあげ小さな目標見つけ、出来たら、とにかく自分を褒めてちょとづつ成長していこう!!
やるしかないよ!

 

と伝えたら、もやもやしていた気持ちが少し晴れました。
頑張ります!

と言って電話を終えました。

働くことは人生の多くを〆ます。
働くことは大変ですが、出来れば、楽しく働くことが出来ればと思います。
その方法を見つける事は、そう難しいことではないと思っています。

 

 

 

 

神と共に社会(地球)に貢献するならば、経営は必ずうまくいく!!

数社、経営コンサルタントをさせて頂いている。
立ち上げから関わらせていただいたのは、2社。

私の得意は、リーデイングなので、先読みを色々な角度からする。
また、社員や、取引先の会社、担当者などを読み比べることも多い。

人との関係が、人生にとっても、会社にとっても、基盤である。
タイミングもチャンスとなるかならないか、重要である。

会社経営する方は、直感力をすでに持っているので、経営者のチャネラー養成的指導をさせて頂くことも多い。
直感と、オーリング、チャネリングが出来ると、多くの事の判断はしやすくなるだろうし、感覚が鋭くなっていく。

何かがうまくいかない時、エネルギーの流れが滞っていることが原因で、その滞りは、経営者の偏った拘りだったり、捉え方がずれたりすることで発生する事が多い。
その拘りを解消すると、気持ちは前向きに変わり、アイデアもどんどん湧いてくる。
社員の悪い面しか観えなかったのが、その人の人間性まで観えてくると、適材適所で社員を生かす事が出来るようになる。
そして、相手に尊厳が持てると、会社全体の意識は上がっていき、神の力も降りやすくなってくる。

神と共に社会(地球)に貢献できる会社になれば、経営は必ずうまくいく!

経営者の皆様、宇宙の声を聞きながら、会社を育てていってください!

自分の内側を観るのに、年齢は関係ない!20代半ばの青年のホンネ!!

養成講座参加者(関東在住26歳会社員)より、自分史のレポートが届いた。
それを見ていて、淡々と感情を加えず、自分を見つめる姿勢に心打たれた。

自分の26歳当時を思うと、どれだけの違いだろうと感銘した。
彼らは、将来の不安の中育っている。
その中で自分の暗闇を見つめ、あがき、今の自分で生きる覚悟をしている。

 

メールより

ふみえ先生

こんばんは。

自分史の件、悩みましたが公開の件承知いたしました。
すごく恥ずかしいような/こそばゆいようなですがこれも一つの契機かも知れませんね。
「経験を独占するな」と上からも言われてしまいました。
自分の暗い部分を、前より受け入れられるようになったということでしょうか。

自分自身の自分史を改めて読返して、本当に自分が書いた文章かと疑っております(笑)
まったくの別人じゃないかと…
今、このタイミングで再びこの文章が目の前に現れることの意味を感じます。
過去の自分が「今、向き合ってますか?」と尋ねているようです。

余談ですが「他人に興味がない」と断言した、前回のセミナーの一週間後くらいに、
また少し自分自身の考え方に変化がありました。
「興味がない」のではなく、「理解できるはずがない」と思い込んでいたのでは?と気がつきました。
確かに完全に理解はできないが「感じ」、それを「表明し(質問し/確認し)」、
表明した内容について「反応を得る」ことはできることに思い至りました。
これもきっとチャネリングですよね!?

養成講座で教わったことを実世界でいろいろ試してみようと思います。
また、よろしくお願いします。

 

 

自分史より

自分史を再度作成する。
これらの課題に取り組む過程で、
「今」自分の人生に意味を与えるとしたら
どういう意味になるだろうかと考えた。

私の人生を一言で表現すると「穏やかさ」だ。
騒いでいるのはたいてい、私の心だけ。
あまり、大きな動きが有ったようには思わない。

…少し前まで、そう思っていた。

私は、私自身を檻に綴じ込め、一人憐憫に浸っていたのだ。
私の人生は悲惨だ。あいつが悪い。こいつが悪い。
全て人のせいにして生きてきた。

私の「穏やかさ」は闘いのあとの愉悦ではなく、
外界から目を背け、耳を塞ぎ、物陰に隠れることで得た
偽りの「穏やかさ」であった。

自分自身に対しても、周囲に対しても責任を持ってこなかった。

就学前
とにかく母親の影に隠れていた。
自分が何をしているのか。そんなこと意識もしなかったし考えもしなかった。

小学生のとき。周囲に当たり散らしていた。
少年野球に所属していたが、より良いプレイヤーになることを諦めていた。

中学生のときパソコン片手に引きこもった。とても狭い世界に…
受験から逃げた。進みたい道があったが。闘うことをしなかった。
好きな女の子に告白しなかった。一緒にいようとすることすら避けた。

高校生のときさらに引きこもった。
人との関わりから逃げた。
受験から逃げた。

大学生のとき、何かできると思って結局逃げ回っていた。遊び回っていた。
そんなもんだった。

社会人になってから、逃げ回っていた自分は何もできないことを知る。
ゴミみたいな自分自身からさらに逃げようと試みた。

私は臆病だ。
私は怠け者だ。
ここ数年殊にそう思う。
私は弱い。どうしようもないほどに、情けないほどに弱っちい。

振返れば、そんな自分自身が何よりも嫌いだった。
そんな自分が何よりも嫌いで、強くなりたいと願っていた。
今思う。願っているだけで、結局は逃げ回っていただけなのだ。

肉体を鍛えることは最初から諦めていた。
知識をつけて武装しようとした。それでも、武装しきれない自分がいた。
精神性を身につけて現実から超越しようとした。それでも、超越しきれない自分がいた。

私は弱い。

そんな自分の人生に「今」意味を与えよう。
私の人生の意味は「向き合う」こと。

たまには弱気になる日もあるだろう。私は弱い。
たまには逃げたくなる時もあるだろう。私は卑怯だ。
たまにはサボりたくなる時も有るだろう。私はずるい。

「向き合う」意味を知るために。私は弱い心/体/魂を携えてこの世に生を受けた。
「向き合う」ことで私は強い心/体/魂を再度獲得する。それが本来の自分であることを知るために。

「弱っちい」自分に向き合う。
「弱っちい」自分に還る。
そうすることで、少しだけ強く生きていける気がする。

以上

心の底からわいてきた言葉をそのまま書き付けているので、
私自身にとっては真実だと思います。
自分史という課題とは外れているかもしれません。
しかし、私にはとってもしっくりくるのです