感情についてのコンタクト

17日の縄文式チャネラー養成講座で、感情について教わり、「今を今と理解する」のコンタクトについても教わりました。

この内容は、4時間の講座中、最後の30分で行った感情についてのコンタクトと対話でした。テープ起こしをしていただきました、Kさん、Sさんありがとうございました。文章にするにあたって少し手を入れていますが、ほとんどがコンタクトのままです。
文章にして読むことで、その時のコンタクトの意味を講座中より深く理解できたと想います。
ただこれも、欲のかたちであり、講座中に起きていたエネルギーとは違うものであることを分かった上で、アップさせていただきました。
大いなるソースは求めれば、自分が納得するまでコツをおしえてくれるので、その後は自分次第です。

 

感情というものをもっと理解した方がいいでしょう。
感情というのはちゃんと周波数があり、エネルギーを持っています。
エネルギーがそれぞれ違って存在しています。
今のあなた方の感情の使い方を例で説明しましょう。

怒りと悲しみが同時に起きたときに、どちらが強いかというと
実は悲しみの方が強いのです。
悲しみが怒りを飲み込み、そして悲しみを怒りが増幅させます。
この時に起こる事が、
被害者の意識になり、もっと 自分はダメなんだと思って
他に責任を置くようになります。
怒りが強くなったとき、人を攻撃しながら悲しみが内側にあります。
しかし、怒りが出たときこの怒りは自分をも燃やすので
痛みがすぐにわかるのです。

または、

喜びと妬みが同時にあった時、喜びがねじれを起こし
喜びにまだらな色がつくのです。
純粋な喜びだけではなくなり、妬みのうねりができ、そこに
浅い知恵、こざかしい知恵が生まれやすくなるのです。
喜びと妬みが一緒にあった時、
化学反応が小賢しい知恵をつくって薄っぺらな作戦を練って
自分に喜びを与える手法を得るのでしょう。

単純な、単体でいる時にその感情は単純なもので表現され
その単純な感情はそれだけで消滅するのです。
ただ、体験になって
泣いてさっぱりする
怒ってさっぱりする
笑ってさっぱりする
という状態を作ります。これが神が与えたものです。
そこに思考を乗せたときこの感情は変化します。
また、感情が単体でいたその後に思考が乗った時
違う感情を引き寄せてねじれを起こさせた時は
その感情がしつこく違ったものとして体にへばりつきます。
今、人々はこれによりあがいているのです。
自分のその感情から、離れられない囚われの身になっているのです。

単純な単体での感情を求めれば、それはとてもスッキリとする体験になるだけです。
もう少し分析するときに、そのような方法論もたせるといいでしょう。

感情は複雑に絡んでいるあなた方の今の状態です。
質問があれば答えます。

Sさん:その瞬間以外での出来事というのがあるじゃないですか
その瞬間の喜びであるとか怒りとか悲しみっていうのがあって、その瞬間が本当の意味での怒り悲しみ喜びであって、その後に湧き上がるものっていうのは、結局自分の思考が乗ったものですか?

そうです

Sさん:絡めるようなものなんですね

そうです

Sさん:そこに人と言うのは、思考を乗せる、なぜ乗せるかと言うと、その・・・

欲なのですよ

Sさん:あーー欲ですね

その体験した瞬間、あっ そういう事かと単純に納得したくないから、思いたくないからです。
いろんな欲がありますが、自分と言う存在をもっと大きくしたかったり、相手に何かをしらしめたいという思いがあったり、何かの欲の思考が乗っていくんです。
この欲が無ければ、あーーなーんだ よく解らないけど笑ったな、なんか怒ったな、と言う単純な感情だけになるんです。

Sさん:喜びとか楽しさっていうのは、後から思い起こして結構また楽しめたりするものじゃないですか?

それがもうすでに欲なのです

Sさん:っていう事ですよね

そうです。それさえも。
後から楽しむ時も思考が始まっています。
分析をしていって、そこにもう捻じれが起きてくるのです。
もうその時しかないのです純粋なものは。

もう一回あの感じと思ってしまうと、もう意識があってその時に違うものになってし
まう。

Sさん:それも意識させてしまえば、あの時こうだったねとただ言うだけなんですね。

ただ言うだけであれば、その言った瞬間に起きた喜びの感情がその時に起きるんです。
前に、一番最初に感じた喜びの感情とは違います。
実はもう色あせるんですよ。
だから人はそこにもっと足したくなって、あれだこれだと言っている。
だけどもうすでに、あの時のものとは違ってきている。
で、ここで想像すればいいんです。

あの時の物を火種にし、今を楽しんでいる。
今は火種から炎に変わったのに、
今楽しんでいる炎を、過去の火種と捉えると、全体がずれてきます。
過去の火種だと想っているものは過去には炎だったのに。

楽しみたいと言う今を、楽しむと言うならばOKなんです。

Sさん:またはない、またこの楽しみはありえないですね

そうです。楽しみたいと言う今を楽しむ・・・・

踏江:これだ!「今を今と理解する」のコンタクトの意味・・・

7月13日のコンタクト
今を今と理解していれば

どのような迷いも
どのような驕りも
どのような自己否定も
どのような心の不安定も
消えるであろう
病気を抱えたモノも
金銭で苦しんでいるものも
今を今と理解するだけでそのマジックは溶ける仕組みになっている

こういうことなんですね

Sさん:そっかー

踏江:そうすれば自己否定も不安も驕りも迷いも消えるね

Sさん:今のものは違うものですよね

踏江:うんそうそう

Sさん:その時に起きた不安とか驕りとかは今もっている不安や驕りとはこことここは違うということですよね。

踏江:そうそう、違う違う。
おもしろいねーーー(資料を見て)
何でこれ(yukaさんの20歳のチャネリング)<インナーチャイルド>を資料に出したかわかった。

これで、コンタクトとコンタクトが繋がった話になりました。
長い文章、最後までお読みいただきありがとうございます。

踏江みつ子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで、祐加さんのコンタクトと繋がった話になりました。

 

赤は踏江さんで、黒は私です。

 

○○の時と言うのは分析するときでした

 

私の方にはノイズははいっていませんでしたーーー

 

 

 

ではよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

縄文式チャネラー養成講座体験談

縄文式チャネラー養成講座に参加された方からの体験メールが届きましたのでご紹介させていただきます。

 

3月20日に 踏江さんと電話でお話ししていて、ふと、
以前ヒプノセラピー等で見た私の過去生について、
父親に対する感情がまだ感じ取れていなかった事が気になり始めました。

 

過去生の私は父に対する怒りを抑圧していたはずだ、と思いました。

踏江さんへのメールにそんな事を書いていたら、体がしびれて痛くなってきました。
特に首・肩が痛くなりました。
4月5日の わっぽーチャネラー養成講座・補講では、
「親父ウザイ、親父ウザイ」 という言葉が浮かんで来ました。

過去生の父親と、今生の父親、
どちらも価値観の押し付けを感じて、うるさい。

そこで踏江さんの指導で、「父の価値観」 と 「自分のハート」 の両者に質問してみました。

「勉強と学問の違いは何ですか?」という問いに
父の価値観にアクセスした私は、
「学問は高等なもの。勉強は小中学生レベル」 と答えました。

次に自分のハートに繋がってみると、
「学問は(知識の)体系。勉強は、イヤなことを無理して頑張ってやること」
という答えが返ってきました。

次に 「愛と憎しみって何ですか?」 と聞いてみました。

父の価値観は 「好きと嫌い」 と答えました。
私の価値観は 「どっちも執着なんじゃないの?」 と言っています。

私の価値観 (本音) と
父親に植えつけられたらしい価値観 (建前) は
別物として、どちらも私の中に存在していました。

そこで、私の左の頭と肩のあたりにくっついていた 「父の価値観」 を、
私から切り離してみました。

そうしたら、眠くなって、セミナー中にも関わらず、横になって眠ってしまいました。

セミナーが終わり、帰りの電車の中でも、かなりの時間寝ていました。
翌日4月6日、
体が少し柔らかくなり始めたことに気付きました。

今まで、体がカチコチで、
ヨガとかする気にさえならなかったのですが、
またやる気が出てきました。
4月7日、8日には、
今まで怖くて、挨拶以外ろくに口がきけなかった先輩たちと
雑談することができました。
「叱る人」に対する恐怖感が和らいできたようです。

それと、寝付きと寝起きが良くなりました。

 

4月7日に引いた和尚禅タロットでは、
「INTEGRATION (統合)」 のカードが出ました。
父親の価値観を切り離したから、
今まで 「父の価値観」 と 「自分の価値観」 に分裂していた私が
統合されたということなのだと思います。

新潟チャネラー養成基礎講座でのコンタクト

参加者のTさんに録音テープからおこしていただいた講座内容です。

基礎講座でのコンタクトです
アドバンスでも触れる予定だったコンタクトです
文字にしました

世の中を見る時に
三種類のエリアがある
三つに分けると色々な事が理解しやすい
使うもの、使われるもの、それを見ているもの第三者がいる
使うもの、見ているもの
使われるもの、見ているもの
関係性が見えてくる
世の中を見る時に三つの対極を置いて
綱引きしているもの同士、それを観ているもの
そのように物事をみていくと必ず今の世の中は引き合い対極ともう一つ、その三点の文明と言って良いでしょう

 綱引きをしているのが浮かび、それをみている目もあると感じていました。

 

 

次の時代は関係性が立体になるのです
五つの点の文明となる
理解の仕方が単純ではなくなる
前進か後退かもしくは立ち止まるかではなく、そういう物の捉え方ではなく、複雑な五つのものの関係になる
認識出来る脳に変わる必要があります
三点の文明から五点の文明へと移行する
人々は想定をしようと思います
いろんな事を予測し想定する
五点の物事の予測というものは多くのパターンがうまれる

宇宙人とかも関わりの中に入ってきますか?

関わらなければ不可能でしょう
しかし地球人自身が進化していくので、今の状態ではなくなる
今の状態から徐々に五点の文明に移行出来るわけではない
でも貴方かたに伝えてますから文明というものを予測すると言うことを自分の進化として始めれば良いでしょう
宇宙人から聞きどのように物事を理解するのか?
伝えたりするのか?

 

根底から変わります
人類が愚かであるということを益々知るでしょう

五点の中に三点は含まれていますか?
もちろん

 

二点は教えて貰えないのですか?

 

三点というものがあって重なりあって三つ存在すると思って下さい
そうすると理解しやすいでしょう
どのくらいの規模の頭にしなければいけないのか
こちらで引き合っているもの、介在するもの
べつの所でも引き合っているもの、介在するもの
複雑な幾つもの関係性が多重になってくるので
1人の人の役割は同時に三つ以上は発生すると思った方が良い
今までの三+ニの五点ではないのです
もっと複雑になっていく

 

せっかく生きているのだから、生きている間に少しでも次の時代の概念の取り方をするといい
貴方かたは知らないだけで すでにそのような概念は今の地球に存在しています
他の動物達の能力をきちんと把握しなさい
鳥はどうして地球の反対側に移動するのか?
アリはどうやって集団で移動できるのか?
ハチはどうやって伝達しあっているのか?
あのもの達の能力を知るといかに人間という種が自分達の感知出来る範囲内で動いているか
わかります
全体意識というものが劣っています
それがだんだん見えてくるでしょう
そして貴方かたは目の当たりにしているはずです
ただ察知が出来ないだけ

人間は自分達が掌握していると思っているから

そして 征服したがっている

 

過去世も、今世も、どんどん膨らむ 感謝と喜び

昨日の続きです。

次の週のチャネラー養成講座基礎コースの野外ワークに参加した昨日と同じAさんのお話。
養成講座の野外セミナーは木と対話、地場を感じる、岩との対話、古代遺跡に行き土偶や土器をリーデイングします。今回は、地場を感じ木と対話するワークでした。

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Aさん最初は元気で、木々と戯れていらしたのですが、「今の楽しいエネルギー場から、もっと深く細やかなエネルギー場に入ってみてください」とアドバイスしてから、木肌が気持ち悪く想えるようになり、そんな自分が嫌で耐えられないと言い始めました。

 

参加者全員木のエネルギーに添う体験ができたので、室内ワークに切り替えます。
Aさんの順番が来たとき、木肌が気持ち悪いと想う世界にもっと入ってもらうと、「自分自身の肌が気持ち悪い、どうしようもなく具合が悪くなってきました。」と言葉を出します。

 

読み込んでいると、肌はドロドロになり骨も溶けている感じです。
大やけどかも知れない、大きな病気かもしれない。・・・
隔離されているのを感じました。

 

本人は、気持ち悪さと絶望感・嫌悪感が起き、自分を直視できなくなって来たと言葉にしています。
夢も希望も無い、絶望だけの気持ちになり、体が動かなくなっていました。(本人談)

 

私が観たのは、顔、体中包帯で巻かれた大勢の患者さんの隔離病院の様子でした。

そのままでは、苦しいだけなので、何とかしようとアドバイスします。
固まっていたからだが少しずつ動き始め、Aさんは、自分の状態を仕方ないと諦めています。
絶望感は深くあります。

世間の人々から嫌がられ、迫害を受けています。
その悲しみは耐え難いのもでした。
家族も同じように迫害を受けていました。
その迫害に怒りを感じています。

その人生のその後を観るより、木の肌が気持ち悪いと感じた事と、深い絶望感と、自分が迫害を受けて、その迫害に対し怒っていた事との関係を読んでみます。

世間の見方に怒りを持った時、その世間の見方と同調することになり、醜いからこんなに迫害されるという想いが膨らんでいることに気づいてきました。

 

周りの患者さんも汚いとか醜いと想っていました。
自分の事は直視できません。(本人談)

 

だから、木肌のザラザラ感に醜さを感じ、ねじれに醜さを感じてしまい、嫌気がさし、吐き気までかんじたのでしょう。

 

それは神への冒涜です。木々の自然なねじれは醜さではありません。
人が火傷をし、ただれても、それは自然なこと。どんな状況で体に変化が起きてもそれは自然な事。
醜いという概念は自然界にはなく、人間が創った概念なのかもしれません。
傷ついていれば、猫や犬はなめて傷を癒そうとします。
けれども、人は観た目で判断し、違っている形を排除しようとします。

 

Aさんの話の戻しましょう。
Aさんは気づきました。
どんな状態でも生きているだけで感謝!だと気づきました。
自分の状態を認めても、周りの人は認めてくれないのだと。
それさえそれで良いのだと。
涙しながら、形は醜くても、自分の本質は醜くない。
いや、形も醜いのではなく、ただ、この状態だけだという事に気づいたのです。

 

どんな状況でも、生きているだけで感謝と気づいた時、喜びが溢れてきました。気持ち悪かった木が愛おしく、過去の変形していた自分の顔も輝いて観えたのでした。気持ち悪いと想っていた同じ病気の患者さんもイキイキと輝いて観えました。(本人談)

 

そう言えば、思い出しました。
Aさんが、木と対話していた時、ささくれが酷くなり、血が出始めていました。
体の記憶はどれだけの規模なのだろうと驚嘆します。
体だけではありません、人とは、知れば知るほど、膨張し、はるかかなたまで存在している神のように想えてきます。
意識だけが小さく固く狭い世界に閉じこもっていると。

 

ご本人に全文を確認もらい、感想を聞きました。

「2週にわたっての体験は、人生の根本が変わるほどの体験でした。ガラッと変わりました。変な言い方ですが、死に対しての感じも変わりました。私の人生、後悔が無くなった感じでしょうか・・・
どんな状態でも生きているだけで感謝だと心の奥から想えます。ありがとうございました。
そう言えば、ささくれが酷く、ザラザラだった手は綺麗になりました。」

 

今回のレポートは、Aさんの体験と変化を著わしました。
その体験に参加されたほかの参加者の一人一人にドラマは起きていました。
それぞれのドラマは死と言う幕が下りても続きます。

はるかかなたまで。

過去世

縄文式チャネラー養成講座アドバンスクラスはリーデングできる人たちの集まりです。
「今回の人生で完全に手放したいことを見つけ手放す事をしましょう!」と参加者に投げかけました。

 

参加者の一人
生きる事が楽になり、日常の生活、会社での仕事を楽しむことができるのに、小さなかけらのような形で残っている自分を小さくして被害者の感覚になる自分を、完全に手放したい!と希望しました。

被害者の気持ちに思いっきり入っていてもらう。

 

本人が観えてきた映像を頼りにもっとその世界に入ってもらいます。
私も含め、他の参加者も同じシーンを観ます。たりないところは補いながら。

 

最初は多くの被害者の一人だと想っていました。大量虐殺の。。
もっと細部を観察していくと、自分は加害者と分かってきました。

 

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ショックを受けています。
自分にとってありえない事だったから。
無気力が全身を襲い、脱力感と、吐き気を伴い、血の気が引いていきました。

 

 

強烈な自己否定と、抱えられない現実に対して、心が壊れそうになっています。
謝罪の心が巨大化し、自分は生きていては申し訳がないという気持ちになり、謝罪をすることで、犯した罪が変わるわけではないですが、何かに目を向けないとそこにいる事さえできない状態になっていました。

 

状況は、自ら望んで加害者になったわけではなく、戦争の中でその立場に立たされ、行ったのです。

その時の人生では、嫌な感覚が残り、懺悔しても拭い去れませんでした。

 

どう手放すかを模索します。
コンタクト
人間が持っている、どうしようもない「さが」
それを自分の中に観て、認め、手放すことを、支えながら行う。

 

個人に起きた事ですが、個人ではどうしようもない出来事でしたので、自分の考えを変えるより、人間が持っているものとして認め、もうこれを選ばないと言う事で、手放す作業をしました。
同時に参加者全員、自分の中にある同類のものを見つけ、認め、手放すと、言葉にしました。

 

体の不調は段々と収まり、顔に血の気が戻ってきましたので、ちょっとホッと一息です。

「起きたことは、起きただけ。」
今の自分は、ただただ「あるがまま」。そう言葉に出してみました。

 

気持ちが少しづつ落ち着きましたので、体のケアをします。確認のため、最初に願っていた、自分を小さくして被害者になる感覚を感じてもらいました。
ご本人が被害者感覚は残っていないと確認でき、良かったね~~と、参加者みんなで喜びました。
突然起きた緊張する過去世でしたが、今後、色々な出来事を今まで以上に深い感覚で捉える事ができるだろうと想います。
正しいとか間違っていると言うような単純な言葉ではなく、感じ考えること。自由な心で行動する事も、しやすくなると予感できました。

 

サポートさせていただき、私自身も生きる事への執念にも似た情熱を感じる事が出来、それさえ手放し、ただ、あるがままを体験できた事に心から感謝しました。

 

次の週、基礎講座にも参加した時、過去世第二弾が起きました。物事に対する考え方を根底から変える出来事でしたと、本人の感想でした。内容は後日発信します。