考えられる否定(嫌!)がなくなった時、世界はどうなるのでしょうか?

宇宙からみれば、地球での物事はどうでもいいほど小さいのですが、それも全て自分(すべて宇宙)の中で起きていることです。
私達は、自分の身体という宇宙の中で繰り広げられている事、たとえば爪の先の成長が小さな世界であっても、どうでもいいとは思いません。
宇宙がそう想うかは、擬人化し想像した世界ですので、真実から離れているでしょうが、現実自分の身体の小さな出来事は、自分で認識来出来ない事でも、小さな部分もその部分らしく活き活きと今を生きていてほしいと想います。
人という宇宙の縮図で起きている事は、宇宙でもそうであろうと言う感覚で理解していきたいと想います。

自分の感覚こそ、宇宙を知るための道具になります。

さて、考えられる否定(嫌!)がなくなった時、世界はどうなるのでしょうか?
否定は、肯定した上での自分の意見として存在していく世界です。

私自身「消える・溶ける」を体験した後から、自分の中の否定はどんどん姿を消していったからか、人の言葉の中の否定が色濃くなって感じられるようになりました。
それは人の在り方をよくあらわしてくれます。
人は自分の否定感を無意識に受け入れています。
しかし、自分に否定感がある事を認めません。

自分の中の否定感を見つけたなら、何故?と問いましょう。
それで溶けていけばOKです!腑に落ちなければ、その否定感の真ん中にどんどん入ってみてください。とても嫌な感じになります。でも、もっともっと入ってください。それで何かが分かり、否定感が溶ける場合はOKです!
分かったのに、どうしてもへばりついた嫌な感じがあるならば、否定する自分ごと溶かしてみましょう。
溶かした先は、どんな世界か、どんな自分か見てみましょう。

もう一つのアプローチとして、否定感を見つけた時、それを肯定するとどんな世界になるのかを想像してみてください。
否定を肯定に変換する思考回路を創るのです。
どんな事も肯定変換するのです。
どんな人になっていくのでしょう!

きっと、否定も肯定も無い世界でしょう!!

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