あるビジネスマンからのメール

前回に引き続きメールのやり取りです。6月21日日付

 

踏江メール:ここ(祝福)のところ、もうちょっとひつこく深く入っていくとどんな世界になっていくのか興味あります。
その世界が観えたら書いてみてください。

 

あるビジネスマンからのメール②

「祝福したところに自分が出てくる」ということを、ずーっと聞いてみました。
思いもかけないことでした。まとまっていないのですが、字にしたらまとまりそう。。。

私は「ある」
それがすべての始まり。
なにかを見る。なにかを聞く。
その「ある」あなたはどう感じるのだろう?
その「ある」あなたはどうしようとするのだろう?

普通は、出来事があると、それを「利用」しようとします。
つまり、その出来事に乗ろうとします。
が、降りてきたメッセージは、そうするから事態は思わぬ方向に行ったりし、
自分の「ある」から離れていく、と言っているようです。
出来事や人やモノを手放すまい、とするのではなく、
その時の自分が自分本来の「ある」ことからの反応をしているのか?
が、創造主である自分、のようです。

よくわかりませんが、字にするとこんな感じでしょうかね。
脳みそ疲れますー。

 

 

 

 

 

踏江メール:

 

そうなんです。

そしてもっと深く、「ある」がある。

到達できないほどの「ある」が存在しています。
そこを垣間見ることができるのが、生きている間でしょう。

つかれて当然です。
でも、求めましょう!!

ふみえ

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