新潟から帰ってきて、少し体調が良くなったので、お散歩がてらに石窯パンでパンを買いコーヒーをサービス料金でいただき、外で、桜の花びらの舞うのを見ながら、軽いお昼にしようとベンチに座っていた。
隣にわさわさしたおばあちゃんが座り、「コーヒー30円だろ買ってきて!」と言われ???
「パン買えば30円で買えるよ」
「コーヒーを勝手に入れて叱られたんだ!だから買ってきておくれ!!お店に入れないんだ!」
・・・・・以前は無料だったコーヒーが急に有料になったのこういう理由なんだと分かり納得です・・・・・
「ここのルールーだから、コーヒー二杯目は50円なの」
「コーヒーおくれ!!」
「ダメ」
「じゃあ、パンおくれ!!」
「・・・・・」
「じゃあ半分こ!」
「一個おくれ!」
「ダメ!半分こ!」
と言いブルーベリージャム入りフランスパンを半分にし、おばあちゃんに渡した。
むしゃむしゃと音を立て食べるおばあちゃん。
お腹が空いているのかなと想いう。
私がパンを渡した頃、周りにいた人たちが一斉に居なくなった。
ちょうどいいので、「袋ある?おばあちゃん食パン食べる?」といい、6枚切り食パンを2枚渡す。
2枚の食パンを受け取ってウロウロ歩きだし、他に誰もいない私の横にもどって座った。
そして、「すまなかったね!すまなかったね!悪かったね!悪かった!」を連発し、パンを食べ始めたおばあちゃん。
ありがとうではなく、済まなかったって、なぜ??
私はバイバイ!!またね!と言いその場を後にする。
その時も「すまなかった」と言い続けていた。
どんな心ですまなかったというのかわからないが、私は最後まで彼女と対等な心で分けあってパンを食べることができ、なんだかホワ~っと出来た。
緊張していた頭が緩んだ!!
おばあちゃんのおかげ。
コーヒーを買うこともできたし、パンを一個そのままあげることもできた。
でも、したくなかった。
私の尊厳は、シテあげる心ではなく、自分がしたいことをそのまま素直に表すこと!
私は彼女と半分に対等にしたかった。自分の持っているもので分かちたかった。
その心を大切にしたかった。
後で、私ってケチ??
そう思ったが、やはり、おばあちゃんと一緒に半分のパンを食べたかったのだ。
以前、ちょっとかしずく自分に気づいた時、どんなものにも対等に向き合うレッスンを神に教わり、実行した。
道を歩きながら、電信柱に向い同じ大きさでやあ!といい、路上に落ちているゴミに向い同じありかたでやあ!といい、大きな木にも、小さな花にも同 じ大きさでやあ!といい、どんな人にも自分を大きくもせず小さくもせず、向き合うレッスンをした結果、大いなる尊厳を身につけることができた。
言い換えると、あるがままの自分、あるがままの相手で向きある事!ができるようになった。
副産物として、高所恐怖症が治っていた!
どう関係するのかわからないが、びっくり!!だが、現実だった!!
チャネリングは日常で使うもの。
どんな状態でも、楽しく幸せにいるための道具なのだと思う!
日々のカウンセリングの緊張感を解きほぐしてくれたおばあちゃんに心から感謝です。
そして、無防備なまでの心の拡大をサポートしてくれ、常に守ってくれる宇宙に向い、愛してま~~すと叫び、笑いながら家路につきました。。。。
かなりおめでたい人です。