2019年を想う

あけましておめでとうございます

2019年  今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

5日から東京ワークショップが始まり、始動開始しました。

2019年現実の時間に人の意識のエネルギーが加わり、意識の持ち方により物事の流れが大きく変わるが故、時間の進み方人生の進み方が顕著に違ってくるようです。以前は行動することで、流れが変わるという法則でしたが、2018年から想いの力が増しているようで、2019年無意識に思ったことも直ぐに形になりますので、湧いた考えにも注意が必要です。注意と言うか、注目と言えば良いでしょうか?自分の考え・想いに対し、興味をもち、何をどのように考え行動しているか注目してください。同時に、その考えでいる時の感覚も言葉に表してみてください。

例えばこんな風に

先月12月1日アートの師匠 大和花道会会長下田尚利氏にお会いするのに病院のホスピス病棟に伺い、お見舞いと育てて頂いた事への感謝と、ずっと心配をかけ続けたお詫びをしに行った。新潟に移った経緯と今の仕事の内容も話し、それに対して明確なお答えにびっくりし、88歳で末期ガンとは思えない的確なお言葉に感銘を受けた。「君は色々と大変な事があったが、だんだん幸せになって来たね。今が一番じゃないのかな。」カレンダーの作品に対して「赤の色には君が出ている、白の線は書かされているんだ」病状について「余命1カ月と言われているよ。治療法はあるけど、そこまでの先進治療をしても少し伸びるだけで、いずれは必ず迎えが来るから、もういいかなぁとも思うね」と語られた。

新潟に戻ってから先生の死生観についての言葉を思い出し、唯物論だったお考えはどう変わったのだろうと想い描いてみた。その最中、新潟で「死の臨床研究会」と言う学会が開かれ参加した。あまりのタイミングの良さに鳥肌がたった。まさに終末医療に関わる講演が目白押し、貪るように聴講し死について考えてみた。

家元はどう考えていたのか、私に死が迫った時どう想い、死に向かって行くのだろうと自分に問うていた。

その学会の座長が家元が入院している病院のホスピスを立ち上げたドクターであり、今も現役でいらっしゃる事がわかり、ご挨拶をした。その時出た言葉はもう少し生きられますか?と言う問いと生きて欲しいと言う感情だった。自分でも驚いた。未練がましい!ご本人も治療を断っていると言うのにと思ったが、素直にもう一度会いたいと思った。あって作品を見て欲しいと。とんでもないエゴだ。けれど、エゴを否定する気は無い。もうちょっと生きてと自然と湧いて来る感覚は私の中に確実にあるもので、家元を想う想いだ。1月5日上京した時もう一度会いたいと言う願いだった。

そして、12月27日静かに息を引き取ったと奥様からご連絡を頂いた。引き取る寸前まで意識ははっきりしており、最期まで頭脳明晰で、何の苦しみもなく逝かれたとの事。ふわーと暖かい空気に包まれた。

私があれこれ考えていたことに対しての答えを表して頂いた。

人は死んだら存在は無くなる!

私はこう考える。人は死んだらこの存在はなくなり、全てになり(全てと繋がる)、今の人生の記憶もだんだんと無くなり、全ての意識となり、大いなるものに吸収される。太陽も、チリの一つも含む大いなる全てとなる。

サッパリした感覚が私を包んでいる。

 

例えになっていないけれど、瞬間の考えや想いを深めていると、迷いが湧く。迷いに注目していると、思ってもいないところから思ってもいないヒントがやって来て。思ってもいない答えとなった。

これで良いのだろう!

どんな難しい状況もきっとヒントを与えられ、物事に向き合い、何かの答えを得て幸せを感じる事ができるだろう。

明日はどんな難しいことに遭遇し、どんな体験をするのか楽しみだ。

2日前にお母さんを亡くした友人も、認知症せん妄が激しくなったお母さんを抱えている友人も、大家族の面倒をみているのに自分の居場所を持てない友人も自分を責め続けてしまうクライアントも、それぞれの幸せの瞬間を掴むだろう!

読んで頂きありがとうございました。

読んで頂いたあなたの幸せの瞬間も知りたいな。と相変わらず、エゴ丸出しになります。

今年もよろしくお願いいたします。