コンタクト 死がひとの引退

新潟わっぽーアドバンスで行った宇宙対話です。

読んで感じ、想ってみてください。

 

国民性、地域性を考えるとき、土地の形、そして長い間歩んできた人々の選択、これを見過ごしてはいけません。
どんなに理不尽であろうとも、まずその選択を認め、そのうえで深く思い、己は何を選択するのかに至る必要があります。
せっかくですのでそのワークをおこなってみなさい
神から見たらどのように見えるかヒントをいただけますか?
我々はそれそれが選択してることを尊重します。
それによって物事がおきてくるのですから。
星の成り立ちをあなた方は教わることができます。
まず知っていること星の成立を学んでください
そこにルーツがあるのですから、学べるチャンスがあるのですから
自分のルーツはここにあると思えたなら色々な関係性が違って見えてくるでしょう
貴方のルーツは星の成り立ちです
そして星の終わりも教わるべきです
目に見えなくとも自分の死が訪れた時、地球人という個でなくなる時
何が起きるか想像できるでしょう
老いるという事はしぼむという風に思っている節がありますが、最大限に膨張し、最大限につかみ切り、そして消滅が起きているわけです。
星の最後を教わる様に自分にも起きるであろう最後の瞬間をより宇宙らしく迎えるために・・
ほとんどの方が年を老いていくとできなくなることが増え、嘆き、早く迎えが来ないかと嘆いてらっしゃいます。
これは宇宙的ではないということですか?
自然なことかと思っていましたけれど・・
若く、動けるときを成熟している時期だと勘いう違いしているから、年を老いて成熟してきているものを見逃し、ないがしろにし、捨ててしまっているからこそ、最大限熟した自分を知ることができないのでしょう
なぜ死で引退するのに働けるうちに引退するのか
この概念から引退後の学び、成長していくものを切り捨てるシステムを作っている
人は死が訪れるまで、自分のできることをし、生き切るという役割を果たしていきます。
最後まで自分を磨いていかなければ、その役割は果たせないということを止めたのですから、大きな勘違いに至ったのでしょう
死ぬまで役割を果たしていきなさい

 

 

コメントは停止中です。