わっぽー新潟」カテゴリーアーカイブ

北九州・宗像大社セミナー 6/29〜7/1 ①

念願だった宗像大社やっと行ける!胸踊らせ飛行機に乗った。

すでに、ためしは始まっていた。

出発前から、天候不良の為、着陸空港変更ありと聞き出発した。が、まさか、私たちの飛行機だけ、1時間半空で旋回していた。

定時に着いた新潟からのメンバーは、早い便だったので、2時間半空港で笑いながら待ってくれていた。

レンタカー2台に乗りいざ門司に向かう。目指せ和布刈神社!

 

高速乗る前に、田んぼの中でコンタクト

踏江  コンタクト

三重の層があって
横にも縦にもある
違う世界が同じ場所にあるという事を認識をして立ちなさい
自分が見ている一つの世界をまず見て
それ以外に2つあると見たときに
縦にあると見えるもの
上下にあると見えるものがいる
3つあるという事を意識して動きなさい
3つを言葉にすること
自分の元々持っている3つの世界観がわかってきます
同じ場に3つの次元があると思い
その場に立つ
それを再認識して
自分を知るという事をすると良いでしょう


習わしとは
見たことある世界と無い世界を繋ぐもの
見た事のあるものだけを重んじ
見た事の無い世界をないがしろにしたところがある
見たものより 見た事の無いもの
今後の動作には
ないがしろにしてきた
見た事が無いものをみる
それが今後の課題となって大きく影響を及ぼす事になるだろう

高速に2台の車がそれぞれに乗り出発

階段は登るだけではない
階段を横から見ている感じ
自分の見え方を変えると
もっと色々な見え方になるだろう


和布刈神社に行くはずが私たちの車は、玄界灘を渡ってしまった!
わおおー!!!
行先も違うかもしれないと必死でチャネリングする!!
車中でのコンタクト

踏みしめて次のところは気合を入れないと
受け取れない
ドスドス

渡す木と木があるから
橋渡し
人と人の繋がりを渡す
橋渡し
しかし残るのは橋のみ
人と人は入れ替わり
質も変わってきます
渡すという橋が残り、受け継がれていく
何を渡すのかは生きている人が決めていくもの
それは愚かなる事も尊き事も
橋を渡す事ができる
一人一人が何の橋を渡すのか
自分に問うと良い


鬼に教わる

鬼の世界を知る必要がある
鬼や魔 それらの智慧を知らずしてこれからの真実を知る事はできない

どこに行くかのキーワードをTOMさんに受け取ってもらった
『古事記』山口
探してみると 忌宮神社(いみのみやじんじゃ)

ついた瞬間ここだという手ごたえ
鶏が出迎えてくれた

そして、鬼石がある!!
鳥肌が立つ!

神は本当に教えてくれる!
本気で受け取り
本気で実行し
本気で理解しようと 決意する!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで和布刈神社に行ったもう一台と合流
和布刈神社の写真

日没後になりましたが、準備ができたようなので、宗像大社のそばまで行って、明日来ますとご挨拶をし、ホテルに帰り、夜の宴会に突入
死に物狂いでチャネリングしまくると決意するが、体力はなくなり、わたしは早めに消灯!

全てのテープ起こしをしていただいている、高橋真帆さんには心から感謝しております。

6月の作品

新潟に入り、隙間の時間が取れたので、6月の皆さんの絵をご紹介します。

描かれている空間も存在感も増していると思うのは私だけではないでしょう!

じっくり見てください。

今日の夜から7月の作品に入ります!

 

わっぽー野外セミナー『宗像大社』に行きます!

2018.6.29-7.1 北九州セミナー 
門司(和布刈神社)・壇ノ浦・火の山公園・宗像大社・海の道むなかた館・大島・新原・抜山古墳群・宮地嶽神社
参加者 7名

長年の念願だった、宗像大社に詣でる事になった今回のセミナーは、激動の2018年6月末から7月始めにかけて行くにふさわしい場所だと思います。
TOMさんの個人セッションでどうしても九州に行く気がするという私の想いから始まり、山口と門司のあたりでTOMさんの手が止まり、門司、山口、そして宗像大佐に行こうという事になりました。

チャネリングをし続けますので、全員で神と共にいける所までいきましょう!

29日

空港―門司 和布刈神社 ―関門海峡― 壇ノ浦・火の山公園

(時間を見て)―海の道むなかた館(ガイダンス施設)―宗像大社奉献館

30日

終日 宗像大社・大島(フェリーに乗り島に入ります。時間はい分を調整)

7月1日

神の指示に従います。

新原・抜山古墳群―宮地嶽神社

門司  和布刈神社(めかりじんじゃ)は、福岡県北九州市の神社。別名「速門社」(はやとのみや)、「早鞆明神」。旧社格は県社。

社伝で伝えられる限りでは神功皇后の三韓征伐後奉祀されたもので仲哀天皇9年(200年)創建とされる。古くは「隼人明神」とも呼ばれた。

壇ノ浦の戦いの前夜には平家一門が酒宴を開いたと伝えられる。

海峡の守護神として崇敬を集め、建武3年(1336年)足利尊氏、応永年間(1394年~1428年)大内義弘、天正3年(1575年)仁保常陸介などによる諸社殿の修築造営が伝えられている。現社殿は明和4年(1767年)小倉藩主小笠原忠聡の再建によるものである。

神社名となっている「和布刈」とは「ワカメを刈る」の意であり、毎年旧暦元旦の未明に三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って神社の前の関門海峡に入り、海岸でワカメを刈り採って、神前に供える「和布刈神事」(めかりしんじ)が行われる。和銅3年(710年)には神事で供えられたワカメが朝廷に献上されているとの記述が残っている。福岡県の無形文化財に指定されている。

福岡県北九州市門司区門司3492

関門海峡を渡り、山口県に入り、壇ノ浦・火の山公園に立ちます。

海の道 むなかた館(ガイダンス施設)・
宗像大社神宝館(沖ノ島で発見され、全て国宝に指定された奉献品展示)

宗像大社辺津宮(三宮の社) 本殿・高宮祭場・第二宮・第三宮

自然豊かな「宗像(むなかた)」からご紹介。宗像大社は、全国に約7,000社ある宗像神社、厳島神社の総本社で、また全国の弁天様の総本宮であるという、由緒正しき神社です。  福岡県宗像市田島2331

フェリーに乗り大島へ

宗像大社中津宮・宗像大社沖津宮遙拝所

大社の一部であり、「海の正倉院」として知られる沖ノ島を含め、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」として、世界遺産暫定リストに掲載されている、歴史的・文化的な価値が非常に高いパワースポットです。

新原・抜山古墳群

59基の古墳群の中で一番古いと思われているのが22号古墳の前方後円墳です。全長80mあり、大きさも一番大きい古墳で、埴輪が出土しているそうです。
22号古墳は前方後円墳でしたが今は後円の部分だけが残っており、西側に縫殿宮(ぬいどのぐう)の鳥居があります。かっては縫殿宮(ぬいどのぐう)の社殿が頂上に建っていたそうです。 今は頂上に縫殿宮(ぬいどのぐう)の小さな祠があるだけです。大正六年の鳥居が建っていますからその頃には社殿があったものと思われます。
近くの奴山(ぬやま)地区には日本最初の裁縫(さいほう)の神様と云われている縫殿神社(ぬいどのじんじゃ)という神社がありますが、 縫殿(ぬいどの)の名前も同じです。この2つの縫殿神社と縫殿宮は直接の関係はなく、奴山地区では縫殿神社を建て、新原地区では22号古墳の上に縫殿宮(ぬいどのぐう)を建てて、別々に呉から来たという4人の姫を祀ったのではないかと言われています。
最初は縫殿宮(ぬいどのぐう)は縫殿神社(ぬいどのじんじゃ)の元宮だったのか、それとも御旅所だったのかと勝手に想像しましたが、そうでもないようです。

この新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)は5世紀前半から6世紀にかけて造られており、古代の宗像地方の豪族の胸形の君(むなかたのきみ)一族の墓と考えられています。
胸形の君(むなかたのきみ)は今の宗像大社の大宮司家で古代にはこの宗像地方を治めていた海人族(あまぞく)です。

宮地嶽神社
宮地嶽神社の創建は社伝では約1600年前にさかのぼるとされ、息長足比売命(神功皇后)が、三韓征伐の前にこの地に滞在し、宮地岳の頂に祭壇を設け祈願して船出したのが始まりといわれる。現在の境内は祭壇を設けたとされる宮地岳の山腹に位置する。また、宮地岳山頂には宮地嶽古宮の祠、日の出参拝所がある。

 

帰って来たら、ご報告します!!

目が開けられない作品ってどんなん!?

癒される作品と、めまいがするほどエネルギーが高い作品が同じ部屋で描かれます。深い集中力が自分の内奥に入り、そばでエネルギー発散をしていても気にならず、ご自分の世界を描いていけます。

1枚目の写真下中央の作品はあまり長く見ないでください。脳に刺激が強く、光が眩しくなり、目が開けれなくなる可能性があります。

 

 

自由な心はみんなを笑顔にする、そんな作品!

長岡さいわいプラザでの作品です。

一昨日から新潟に入りましたが、昨日の長岡は真夏日の陽射しが眩しい1日でした。その中で、ユーモラスな作品が出来上がりました。