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わっぽー野外セミナー『宗像大社』に行きます!

2018.6.29-7.1 北九州セミナー 
門司(和布刈神社)・壇ノ浦・火の山公園・宗像大社・海の道むなかた館・大島・新原・抜山古墳群・宮地嶽神社
参加者 7名

長年の念願だった、宗像大社に詣でる事になった今回のセミナーは、激動の2018年6月末から7月始めにかけて行くにふさわしい場所だと思います。
TOMさんの個人セッションでどうしても九州に行く気がするという私の想いから始まり、山口と門司のあたりでTOMさんの手が止まり、門司、山口、そして宗像大佐に行こうという事になりました。

チャネリングをし続けますので、全員で神と共にいける所までいきましょう!

29日

空港―門司 和布刈神社 ―関門海峡― 壇ノ浦・火の山公園

(時間を見て)―海の道むなかた館(ガイダンス施設)―宗像大社奉献館

30日

終日 宗像大社・大島(フェリーに乗り島に入ります。時間はい分を調整)

7月1日

神の指示に従います。

新原・抜山古墳群―宮地嶽神社

門司  和布刈神社(めかりじんじゃ)は、福岡県北九州市の神社。別名「速門社」(はやとのみや)、「早鞆明神」。旧社格は県社。

社伝で伝えられる限りでは神功皇后の三韓征伐後奉祀されたもので仲哀天皇9年(200年)創建とされる。古くは「隼人明神」とも呼ばれた。

壇ノ浦の戦いの前夜には平家一門が酒宴を開いたと伝えられる。

海峡の守護神として崇敬を集め、建武3年(1336年)足利尊氏、応永年間(1394年~1428年)大内義弘、天正3年(1575年)仁保常陸介などによる諸社殿の修築造営が伝えられている。現社殿は明和4年(1767年)小倉藩主小笠原忠聡の再建によるものである。

神社名となっている「和布刈」とは「ワカメを刈る」の意であり、毎年旧暦元旦の未明に三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って神社の前の関門海峡に入り、海岸でワカメを刈り採って、神前に供える「和布刈神事」(めかりしんじ)が行われる。和銅3年(710年)には神事で供えられたワカメが朝廷に献上されているとの記述が残っている。福岡県の無形文化財に指定されている。

福岡県北九州市門司区門司3492

関門海峡を渡り、山口県に入り、壇ノ浦・火の山公園に立ちます。

海の道 むなかた館(ガイダンス施設)・
宗像大社神宝館(沖ノ島で発見され、全て国宝に指定された奉献品展示)

宗像大社辺津宮(三宮の社) 本殿・高宮祭場・第二宮・第三宮

自然豊かな「宗像(むなかた)」からご紹介。宗像大社は、全国に約7,000社ある宗像神社、厳島神社の総本社で、また全国の弁天様の総本宮であるという、由緒正しき神社です。  福岡県宗像市田島2331

フェリーに乗り大島へ

宗像大社中津宮・宗像大社沖津宮遙拝所

大社の一部であり、「海の正倉院」として知られる沖ノ島を含め、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」として、世界遺産暫定リストに掲載されている、歴史的・文化的な価値が非常に高いパワースポットです。

新原・抜山古墳群

59基の古墳群の中で一番古いと思われているのが22号古墳の前方後円墳です。全長80mあり、大きさも一番大きい古墳で、埴輪が出土しているそうです。
22号古墳は前方後円墳でしたが今は後円の部分だけが残っており、西側に縫殿宮(ぬいどのぐう)の鳥居があります。かっては縫殿宮(ぬいどのぐう)の社殿が頂上に建っていたそうです。 今は頂上に縫殿宮(ぬいどのぐう)の小さな祠があるだけです。大正六年の鳥居が建っていますからその頃には社殿があったものと思われます。
近くの奴山(ぬやま)地区には日本最初の裁縫(さいほう)の神様と云われている縫殿神社(ぬいどのじんじゃ)という神社がありますが、 縫殿(ぬいどの)の名前も同じです。この2つの縫殿神社と縫殿宮は直接の関係はなく、奴山地区では縫殿神社を建て、新原地区では22号古墳の上に縫殿宮(ぬいどのぐう)を建てて、別々に呉から来たという4人の姫を祀ったのではないかと言われています。
最初は縫殿宮(ぬいどのぐう)は縫殿神社(ぬいどのじんじゃ)の元宮だったのか、それとも御旅所だったのかと勝手に想像しましたが、そうでもないようです。

この新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)は5世紀前半から6世紀にかけて造られており、古代の宗像地方の豪族の胸形の君(むなかたのきみ)一族の墓と考えられています。
胸形の君(むなかたのきみ)は今の宗像大社の大宮司家で古代にはこの宗像地方を治めていた海人族(あまぞく)です。

宮地嶽神社
宮地嶽神社の創建は社伝では約1600年前にさかのぼるとされ、息長足比売命(神功皇后)が、三韓征伐の前にこの地に滞在し、宮地岳の頂に祭壇を設け祈願して船出したのが始まりといわれる。現在の境内は祭壇を設けたとされる宮地岳の山腹に位置する。また、宮地岳山頂には宮地嶽古宮の祠、日の出参拝所がある。

 

帰って来たら、ご報告します!!

大きな転換期を超える為のキーワードは・・・①

昨日の千葉のチャネラー養成講座アドバンスの中で、「神の愛を実感する具体的な出来事を言葉にするワーク」をしました。
それを体験後、
自分が理不尽に想おうが嫌であろうが、存在する人、モノ、モノゴト、すべて神が認めているならば、認める事が、尊厳を持つことだとわかりました。と参加者のSさんが言葉にしてくれて、涙がでるほどうれしかったです。
在ることを認めて自分は何を選択する?と思うと、心に摩擦が起きず、したいことをスムーズに実行出来そうと言っていました。

実感を伴って理解出来る人が増えてきており、未来に希望を持てます。

大きな転換が起きていると実感しました。
気が引き締まる思いです。

そして、今日参加者Aさんからのメールです。

先生、おはようございます。
昨日はありがとうございました。
また新たな自分発見になりました。
これからの生き方が変わります。

元々あった本質ですが、本来の自分にやっと出会えた感じです。
好きなことを思いっきりすると目立つし、目立ちたい自分なんだ、と納得しました。
こんな私ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

昨日は帰りの電車の中で、「尊厳を持つ」が頭からずっと離れませんでした。
意識以上のところに、深く入ってきた感じです。
尊厳についてこれまで何度も教えて頂いてきましたが、昨日は身体全体に染み込んだ感じがしています。
そして皆どの人も神様が認めている存在なんだ、ということも同時に染み込んできました。
今、実家から帰る途中ですが、周りの知らない人たちの存在がすごく近くに感じられます。
近いというか、親しみがあるというか、なんとなく温かい感覚です。
安らかな…そしてちょっと嬉しいような感じも混ざっています。
今までない感覚ですが、とても気持ちがいいです。

今後もどうぞよろしくお願い致します。

お電話でメールをアップする事の承諾を頂きました。
尊厳がどんどん広がっているようで、周りの人に対しても、物事に対しても、家やものに対しても、それ自体が堂々とそこにあると実感しはじめているようでした。
そして、感謝の気持ちが自然にすべてに向けられているようで、それはそれは幸せに浸っていました。
この幸せはどんどん広がっていくでしょう!

この言葉を聞いて、もちろん私も嬉しさいっぱいです!!

「神の愛」これは現実に形になっています。
厳しく、冷静で、容赦ない、そして、智慧がどんどん溢れてくるのが、神の愛です。
探して、観つけてください。
ほとんどが一見不都合な事がらです。
そこに「神の愛」を見つけてください!

小諸本陣 「六龍」Heart Window Artコラボ展でコンタクト

無事コラボ展が終わりました。

六龍のオーナー<游龍子>(ゆうりゅうし)のご姉妹のおかげで、叶った今回のコラボ展、5日間で600人のご来場者の皆様に感謝いたします。
ご来場いただいた皆様に喜んでいただけて、嬉しかったと、游龍子のご姉妹は嬉しそうに毎日受付やお客様との対話を楽しんでいました。
小学生高学年の少女はお習字を習っているのか熱心に翔子さんの書を見た後、書が沢山描かれているカレンダーを自分のおこずかいと弟のおこずかいを借りて購入してくれたり、新聞を見て遠くからわざわざ訪ねてくださった方とのお話や、Heart Window Artのスピリチュアルなお話がするする通じる女性は、カウンセラーの方で、絵は使わないけれども魂に向き合う事をしている姿勢は同じだとご縁を感じました。加えて、住まいもとても近く、お子さんが今島根に在住と聞いてますます強いご縁を感じました。
今回同時開催の浅間学園に繋げて頂けたのは、NPO法人こもろ杜・土屋さんでした。浅間学園の利用者さんの持っている才能を作品に生かし、グッズを販売展開したスッタフからここまで来るのに10年かかった話や、Heart Window Artのサポートし方をちょっとレクチャーしたりとお互いの持ち味を伝え合う事が出来ました。嬉しいご縁です。

私は5日までの3日間しか会場にいられなかったのですが、後ろ髪を引かれながらお二人にお任せしました。

 

 

 

 

 

会場にいる間中コンタクトが降りてきます。あまりに強烈なので、絵の入れ替えをして、柔らかいエネルギーに変えました。が智慧と厳しさを含めた愛のメッセージは続きました。

 

 

 

 

会場で降りたコンタクト

5月2日 12:10 踏江
一つ
人の魂を見ているようで意識の在り方を読み取って言葉にするものがいる
魂の在り方は気高く尊い、尊ぶもので
人がそう捉えられるものではない
であるから形を大切にしなさい
頭を下げるべくは頭を下げる

二つ
場所によって流れ、気の流れ、風の流れ
それを読み取る知恵を掴む
この場が既に鬼門の場という事を知るならば、鬼門に立つというエネルギーのせめぎ合いをする必要はなくなる
場を知る事である

三つ
気高くあろうと思うなら、鯉のぼり
風を捉え、自由にどこまでも飛び出して
巣に戻る
人間が歩いて小さなエリアで広がっていくというより、風を捉えてもっと自由に空を飛ぶという事を、地形が険しいほど、自由には知恵が必要と実感できる
その知恵と意志を持って大いなる存在でここに在るという事を実践すると良いだろう

この3つを持って、この場を堪能するならば、小さなこの点から日本、大陸、地球全体を捉える事ができるだろう

5月2日 12:30 牛田さん
帝は地を嫌い
天に昇りたがる
しかし地を知らなくては
天があると感じられないが
帝として生まれたからには
まず地を知れ
人としてこのちを知れば
天は地と一体化して
天も地もなく
一つの大きな空間であり
上下もなく、横もない
ただ今ここに在るだけの存在として
大きく大きく広がりを持つだけの生き方をする事が生きる糧となる

5月2日 13:30 牛田さん
寝姿は涅槃のごとく
立ち姿は龍のごとし
そのかこまれた地に立つには
ここに根をはったならば
常に我の姿と向き合っていかなければ
ここに居る事はいたたまれない
ただ生きてるだけでは
ここに居るではない
この地で生き居る事は恵まれた
空気に満ち
ある事だけで
我は人として生き神として生き
我他
そこにかべはなく
しかし大きな道もあり
すぐに行き着くところもあれば
はるかかなたの道のりとなって
我の未熟さに打ちのめされて
また我の姿を成長にここにある事
超えるべき事があればあるほど
感謝するだろう

5月2日14:30 牛田さん
下りの時に流れが変わり
その時の流れから 今の時代に入る
流れは文化を運び 文明が栄え
人の生き方は便利を求め
格差が広がり
人としての尊厳を持つ事が必要となる
流れは常にあり
大きな変化の流れがある時は
時代を変える大きな力を起こす
自然の流れは命を消滅させ
命を生み
土地は形を変え
人の生き方を変える
流れは常に必要である

5月4日10:00 牛田さん
人にあるならば人としての生き方を全うせよ
神に近くあると 
我も神として 真似しても
人間として生きるからには 神にはなれない
しかし
この世での生き方によって 精神は成長し
大きな愛を育み 
この世界に無償の愛を伝え
神の愛の世界を表現することができる
愛は宇宙なり
人は愛に育てられ 愛に生きる
今ここに繋がりを持ち
周りとの関わりは 一瞬の出会いであっても
その愛の空間を 分かち合い
それをそれぞれの場に持ち帰って
その得た事を 広められれば
それぞれの場に 愛のスポットがあり
大きな場として広がり始めるだろう
それを成し得た時 人として生が終わる時
大きな愛に包まれ
満足して
その生を全うする事ができるだろう

鎌倉野外セミナー

4月14日野外セミナー鎌倉

江ノ島電鉄線長谷駅から海岸に向かう途中、参加メンバーの2人がはぐれ、探すためにきょろきょろしていたところ、地元のおじさんから迷子か?と声をかけられました。

最初から神様が参加して旅を楽しんでくれていたように、おじさんはなかなか立ち去ってくれなかったので、地元の神社やお花について質問すると、大地から温泉が噴き出したように熱く語ってくれました。はぐれた2人は最後に向かう事になった重要な場所を目指していました。
その二人とも合流し、おじさんに海岸に行く道を聞き、海岸に到着!
最初のテーマ
☆大地と融合
☆海に溶け命が生まれた瞬間を感じる
このワークからスタートです

磯の香り、わかめとノリが沢山打ち上げられて、その匂いが懐かしく、命が生まれた匂いは意識を溶かし、胎児の記憶やもっと以前の地球の命の誕生の瞬間に誘ってくれました。
自分を失うほど溶ける体験でした。

ここで、それぞれに子供の頃のお砂場遊びを思い出し、五感で感じる事を楽しむと、心が広がり、子供の頃よりもっと自由になる事ができました。

子供の頃を忘れていた事に集中してしまうと、今感じている事も、いつか思い出すシーンになるだけなので、そこは注意しながらたっぷり楽しむ事にしました。

メンバーの一人yuukiさんが大地にメッセージを描き始めました。ひらひらとしたおしゃれなお洋服が砂まみれになっても意に介さず、穴を掘り、もらった言葉を地面に刻んでいました!!

すっかり心が溶けたところで神社ワークに向かいます。

甘綱神社でのコンタクト踏江

右と左を合わせて
我が御霊に入れなさい

 

 

コンタクト たかま「過ぎ去るものを追う」追うなじゃなくて追う?
「追う」

今回は山の奥の聖地に入らせてもらったのでしたが、山の奥深く入る事を許可いただき、そして、神が待ってくれていることを信じ歩み、とうとう山の胎内の様な場に到達しました。

山の奥の院でコンタクト踏江

地を大切に思い
消えていった命を愛おしみ
芽生えて行く命を慈しみ
今ここにいるものたちの道しるべとなる者己の存在を含め
我を超え
ただ在るというその一点に我を表すだけ
先頭に立ち
人々の目印となろう者は
我を目印と思うのではなく
我はただそこに在る者と言う意味
神はその者を認め
力を与えてくれるだろう
本日この時ここに立ったならば
それを心に留め
導かれていく我が身を喜びとし
ひとかけらの否定もせず
また奢りを持たず
ただ今生きている場に在り続ける
沢山の命
そのかけらがあなたに注がれる
あなたの意志が次の命へと伝達される
その我に責任ありと
しかと思う
ここにきた奇跡を噛みしめる

この後御霊神社に参拝したのですが、これは次回書いてみます。

yuukaさんから来たメールです。

踏江先生

こんばんは、
昨日は野外セミナーありがとうございました!

お陰様で体調の方も特に問題なく、少し筋肉痛がある程度で済んでます。
体調面で少し不安があったり帰りもかなりクタクタになってたのですが、
普段ならあまり座れない電車の要所要所で座ることができたりと、
家に辿り着くまでずっと神様にサポートしてもらっていることを実感した1日となりました。
野外セミナーでの体験も一つ一つが感動と感謝の連続で、
ありとあらゆる場面で神様のサポートやお導きを頂き、
本当に素晴らしい体験をさせてもらったと改めて噛み締めています。

由比ヶ浜では自分が地球の一部(一員)であることを五感で実感し、
地球に生まれてくる覚悟をした子宮の中での記憶が呼び覚まされたこと。
甘縄神明宮では神域の子宮の中で、改めて今この時代、
この地球に生まれてきたことの覚悟と決意を神の前で誓ったこと。
御霊神社では安産、子宝の神社で夫婦の御神木にそれぞれ触れて、
今の自分の魂の質を再確認したこと。
それらのピースが全て繋がって一つの大いなるストーリーとなっていること。
まさしく奇跡の体験させてもらったのだと思います。

最後の休憩タイムでも個人的に新たな課題が見えてきたので、
あるがままの今の自分を受け入れつつ、舞い上がることなく
さらに一歩一歩踏みしめて(でも軽やかに!)進んでいこうと決意を新たにしました。

改めて、昨日は本当にありがとうございました!
28日のアドバンス講座の方も、またどうぞよろしくお願いします。それぞれの課題を見つめ直したことも含めて、
今回のセミナーの、誕生→決意→今の自分→今後の課題、
というストーリーの一環だったんだな、と思い至りました。
最後の最後まで神さまのお導きをいただけて、本当に感謝するばかりです。。

今は、よしまた頑張って生きていこう!と力が漲っている感じです。笑
改めて、貴重な体験の場をありがとうございました。

yuukaさんありがとうございます。

 

チャネリングで知る『今は問いの時代』問い未来を知る!

2018年4月新潟セミナー中に降りたコンタクト  踏江みつ子

 

弾む時代からそこにある

次にある

その間に疑問が間に入ってくる

次にある「なぜ」

次にある「なぜ」

人も状態も時代の流れの中に

経営も含め、聞こえない疑問のキーワードが放たれているから

人も物事も形がはっきりしてくる

なぜと問われてくるから自分を出し、

なぜと問われているから自分のしたい事を強く現す。否定されない為に…

またはそこにあるただそれの為に…

疑問が多くなる時代は人は智慧を宇宙から与えられる時代なのです

人が人として考えてるには限界だから

「なぜ」「なぜ」と問うのです

この時代は短いです

チャンスとして掴むが良い

疑問が多い時代こそ何度も脱皮が出来る時代なのだから…

 

 

 

 

 

 

Q疑問を詳しくお願いします

 

単純な言葉で「なぜ」と問えば良いのです
そうすれば貴方の心の奥になぜの次の言葉が湧いて来ます
その「なぜ」の次の言葉が智慧なのです

Q起きた事に「なぜ」と問う癖を付ければ良いのですか?

そうです
問いながら、それに対する次の言葉を引き出していくからです
なぜを問うた答えを言う必要は無いのです
なぜと問うた次の言葉を引き出せば良いのです。
次の疑問でも良いし、答えになっていても良いが
答えという限定を求めた瞬間から「なぜ」は小さなものになっていきます

Q原因とかの細かな小さな事ではないのですね?

 

力を抜いて「なぜ」という感じ

子供と同じ「知りたい」という感覚

決めつけの時代ではない