月別アーカイブ: 9月 2010

十五夜を秩父三峰神社で過ごし、豪雨の中さ迷い観た恐るべし山の神様

秩父は修験の山と噂に聞き、山の神々も厳しいであろうと、覚悟して秩父三大神社に詣でることにしました。

メンバーは5人ニコニコ

それぞれがそれぞれのテーマで秩父の山に抱かれたのでした。

水木しげるさんの世界は、海の深さと広さをもった、懐かしい世界!!

古くからの水木ファンからいえば、新参者ですが、子供の時から、妖怪話は好きで、水木漫画を読んで育った世代です。

近所に住む従兄が、怖がらせる目的と、これは本物だから観ろ!!という気持ちから、小学低学年の私と妹に少年漫画を見せてくれたものでした。

おどろおどろしさの中に、惹かれるのです。

そこかしこにいる怪しげな気配の理由を見つけられたようで、より夜道を歩くのが怖くなりましたが、信じるしかない納得のいく世界でした。

今の水木ブームで初めて水木しげるさんご本人を拝見し、なんて自然体で、海のようでもあり、山のようでもあり、川のようでもあり、自然と一体となっている方なんだろうと、感動しました!

奥様も素敵です!!

生きることは、『糞をするように生きればいい』・・・・

『形を整える必要はなく、自分が今している事にぼーっと没頭していればいい』・・・・

『飾らなく自然のままでいい』

『自分は言われたこと(天から)をただただ素直にしてきただけ』

と、鼻をほじりながら、そんな風に、ゴールデンタイムに繰り返し言葉にしてくださると、なぜだか懐かしくて、涙が出て止まりません。

ありがたいです!!

今、生きて言葉と在り方をそのまま見せてくださり、ありがたいです!

ほんとうの妖怪の世界を形に表しつづけ、忘れていた世界を、思い出させてくださって嬉しいです。

地獄の世界も、妖怪の世界も、天国の世界も現実に存在しており、これから、もっともっと奥深い宇宙空間へとはいっていきます。

これから大変な世界が始まるのでしょう。わくわくします。

妖怪の自分もその渦に飛び込んでいけます!!闇であろうと光であろうと!!

鬼太郎たちと一緒に!!

9月12日東京スピマに出展しました

ご来場いただいた皆様ありがとうございましたラブラブ

外は暑く、汗をふきふきご来場となったと思います。

心から感謝しております。

奇しくも同日、両国国技館では、秋場所が初日を迎え、たくさんのファンの方と、帰りが一緒になりました。

同じ日、全く違う体験をした人々と隣り合わせに居る不思議さが、心に染みました。

人生はこんな風に望んだことだけ見せてもらえるし、違う世界がすぐそこに在るのだなと思いを巡らせていました。

私は、亡くなった方々と導線を繋げることができる能力を頂き、時々そのような仕事をさせていただいています。

想いは生きていても、身体が無くても同じで、その人であることは変わりなく続いているのだなと痛感します。

コンタクトができない領域に行かれた時、それが昇天であって、本当の別れのような気がします。

つい、いつまでもいらしていいですよ合格

といってしまいます。

ほかの霊能者の方々にそれは違うと、お叱りを受けそうですが、満足するまでこの世界を見ていても、いいではないのかな、きっと、ご家族に対しても、事業に対しても、病気に対しても、その体験に満足した時お別れは与えられるのだと思います。

以前500年前の武将の方とお話した時、その当時の考え方とか、感じ方が、じかに伝わって感動しました。

同じ場に霊的感覚の鋭い方がいたならば、一緒に対話をしたことでしょう。

その後、だんだんと場のエネルギーが軽くなって広がり光が増してくる風景は、この世のものとは思えないほど美しく、感動で涙があふれていました。

音の響きで想いは伝わってきます。500年前の方との一期一会でした。

今回のスピマでも、そのような出会いを体験できました。

ありがとうございましたブーケ1

何が起きるかわからないから、今大事なこと、家族との関わり、大切な娘との関わり!

昨日は、自然の凄さ水の怖さを目の当たりにした一日でした。

何が起きるかわからなく、いつ自分の命が終わるかわからない気持が強くなりました。

永遠に今の時間が続くことはないでしょう!!

そう思うと、今が全てで、今を生き切っていようと強く思いました。

私がいま思い残すことは?と自分に聞いたなら、娘のことだけが頭に浮かびました。

高校3年生の娘です。

まだ、一人立ちには早く、擁護される年でもないのですが、彼女を見ていると、いろいろな人の助けを今も得ているので、生きる力は持っているなとちょっと安心しました。

バイトを2つ掛け持ちしているのですが、みんな協力して助けてくれます。また、年上の方々から可愛がられるコツを心得ているようです。

教えたわけではないのに、もともと持っている才能なのかもしれない。

私が思い残すことは、もう少し娘の成長見たいな~ということだと分かりました。

こんなに身近に人間観察ができるのは家族だけなのでしょう。

お猿さんのような赤ちゃんで、お猿さんのようにへばりつきながら育っていった娘です。

早く人間におなり~と言い続けながら、宇宙人を見るようでした。

普通のことが、とても難しいらしく、走ることも教えました。

ものをかむことが苦手で、いつまでもなめています。

最近の若者によくみられる事といわれるとそうですが、言葉や、習慣についてもほかの子とは違いました。

真顔で、OLってどんな職業?と聞いたり、ドラマは全く分からず、まるちゃんが好きで、そこからは成長していないようでした。

どんな思考回路何だろうと不思議に思ったものです。

ほかの子と比べると辛くなるので早くに止め、この子が、生きていける力がつけばいいと、そればかり願いながら育てています。

5年前に出会った年上の方が、変わった方で、たとえば、信号はどれを見て渡ればいいのかわからない!と真顔でおっしゃた時、娘と似ていて安心しました。

彼女は病気があっても、苦労するような状態でも、こだわりが無く、愛が深く、エネルギーが宇宙的で、だれも否定しない方でした。

楽しいことが好きで、私のセミナーは楽しいから来ています!とおっしゃり、もっと、刺激を求めていらっしゃいました。

彼女が参加してくださると、周りが刺激を受けます。

普通ではない感覚がはっと気付きを与えてくれるのです。

娘もいつかこんな風な、何もこだわらない、ほわ~とした大人になってくれるといいな~と願いながら、観察を続け楽しんでいる毎日です。

外目には普通の高校生ですが、これからの人生どうなっていくのか楽しみでしす。転んではダラダラして、人につかまって起き上がり、何事もなかったかのように、成功者のように振る舞い、また、何か勘違いして転ぶだろうな~……とっても楽しみ・・・・・想像するだけで楽しみ

昔々の物語 奥出雲のおじいさん

もうとっくに天に昇ったおじいさんの事を思い出します。

明治33年生まれの祖父は170センチ以上の長身の、おしゃれで、よくベレー帽をかぶり、カシミヤの臙脂のチョッキを着、スーツはあまり好まず、ジャケットズボンの組み合わせを楽しんでいた、おじいさんでした。

周りの景色を見渡せば、中国山脈にかこまれ、人もまばらな過疎地で、その当時テレビチャネルは3つしかありません。山が深く、広島からの民放も松江からの民放も届かなかったのかせれません。

そんな山奥で、なぜか祖父はテニスもバイクも乗り回す、当時ナイスガイだったと、本人からよく聞かされました。

そんな祖父が晩年孫に話してくれたのは、昔々の物語でした。

我が家は、屋号を下鍛冶屋といいます。隣が、中鍛冶屋、その隣は上屋です。

そう昔は加治屋だったのです。

おじいさんの若いころ、刀鍛冶をしたことがあると言っていました。

むかし、奥出雲は砂鉄がとれ、たたら製鉄の盛んなところです。ヤマタノオロチ伝説の発祥の地で、実際に、製鉄はたくさん作られていました。三種の神器<むらくもの剣>も奥出雲産です。(きっと!)

私:   どこでどういう風に造っていたの?

祖父:  川だ!川で砂鉄をとって、融かしてたたらにして、里の問屋に牛引きばしゃで運ぶ。

その問屋筋が、母の実家で、親せき筋らしいのです。

祖父:  高温で砂鉄を溶かすからやけどが多く、あの山の上にあったお城の殿様が、医者をたくさん呼んで、作業をするもの達の治療に掛らせたんじゃ!

だからここら辺は昔から医者が多く、教育に対しても考え方が進んでいたんだぞ!

早くから小中学校の、給食、制服制度があったのも、そういう流れがあったんじゃぞ!

私:   お医者さんはどんなところに住んでいたの?

祖父:  裏の畑は石垣の上にあ~だら~あが(あるだろうが)、あの石垣は良い造りだわ~、その上に大きなお屋敷があってな~、そこに住んでおらっしゃんたんじゃ。その医者さんは、御殿医でな~、お城の医者さんだな。

そこが火事になって家が全焼でなくなってから、どこかにいかっしゃたんだと!(行ってしまった)

時代が分からなくなってしまうけど、おじいさんが話すとそこに居るようでした。

畑を掘ると、錆びた鉄がザクザク出てくると父が言っていました。

井戸の水は、鉄分が多いのも事実です。

昔の生活を懐かしく思い起こされた今日でした。

結石って、いろいろあるらしい!

先月24日と26日に尿路結石の体外衝撃波を受けました。

昨年の11月以来、この結石群と戦い向き合い、仲良くもしてきたけれど、20個以上あった結石はあと1個になり、やれやれ、もう一息、今回で終わりとタカをくくっていたら、二度の衝撃波でも何の変化もなく、また次回持ち越しになりました。しょぼん

医者にも不信感を持ち、「1回の衝撃波で壊れる方はいらっしゃるのですか?」と、疑いのまなざしを添え問えば「半分は1回で壊れます」との返答!

私のが固いらしい!!

強情な石!!

それでも、自分の体内で作り出されるものは見ているうちに愛おしくなってくるものですねラブラブ

20個のわが子は試験管ケースの中で静かにしています。

私の石は、茶褐色のごつごつで、みんなそんなものかな~と思っていたら、今回の入院で同室になった奥さま(60代半ばくらいの初老の、品のある可愛らしい方でした)には、2センチ大の結石ができ、加えて腎盂腎炎を起こされていました。その奥さまから出てきた結石は、水晶のように透明できらきらと光っているではありませんか!雪の結晶

その石と奥様の感じがあまりにもぴったりだったので、何となく納得です。

ザクザクと出てきたとき、ねっ私の石見て!!すご~くでてきたの!!とおっしゃる姿がとても可愛らしく、素直な少女のようでした。

看護婦さんのお話では、ふわふわの綿のような結石もあった目とのこと、その石の持ち主はどんな方なのかしらと、思い描いてしまします。

私は、奥様とは4日間のお付き合いでしたが、また、次の治療のときにお会いしましょうねと約束してお別れしました。

石が繋いだご縁でした。

秩父のお山の神様からのコンタクト!

9月になりました。

いや~8月は暑いし、あちらこちらで蓋が開き、混乱や瞑想が何重にもなって押し寄せてきました。

少し涼しくなってくると、物事も落ち着いてきてほしいと想うのが人の心情ですが、9月はもっと大変で、迷いのエネルギーが高まるという感じがしています。混乱が多くなるのでしょうか!

私たちは進化を求めています。知ることを求め、結果自分自身が広がり、今までの限界を超えた在るがままの我になることを求めています。

それは、3次元的広がりや存在感ではありません。

次元を超えた広がりです。次元を超える事が進化でもあるのです。

最初から次元を超える事を求めると、3次元がおろそかになり、結局己自身を見失い、勘違いした世界に迷い込んでしまします。3次元を味わい尽くし、そこに在りながら進化するということは、もっと、今の自分を追及するということです。

3次元的進化で成功している人を見ても参考にはなりません。

3次元的進化では行ってもいっても同じ次元です。それを求めるならばそれも素晴らしいことです。

けれども、今までコンタクト等で指し示されたのは、次元を超えた在り方です。

私は進化するため絶対必要なることを自分に問うたならば、「ひとかけらの否定も存在させたくない。」でした。

自分から縁を繋げにくい性質が以前から気になっていました。向こうからやってきた御縁によってここまでやってきましたが、なぜ、自分から縁を繋げにくいのか検証したなら、その奥にかすかにある否定感です。他人に対する拒否感です

私の一族は他の人を悪く言うことにかけては、天下逸品です。

それが嫌で、早くに家を出たのも事実ですが、そのかけらが自分の中にもあるのかもと思った瞬間、分かったような気がしました。

「ヒトは真実が分からない!」そんな、ヒトに対する想いの存在があるようです。

分かった瞬間から、感動とわくわく感が私を包み始めました。

「ヒトは真実が分からない!」と「私は真実に到達できない!」そんなものも浮上してきました。

その奢りを一緒に解き放つことに決めたのです!

知らない人のブログにメッセージを入れることもできなかった原因が、ここにあったと気付きました。これから少しずつ変化できそうです。

これは3次元的進化です。

これをしなければ、全てを「そ~か!」と受け入れ、溶けて、自分がなくなり、無くて在る存在には到達できないと思いました。

ご自分の中にある、これを超えなくてはいけない何か、枠のようなもの、もしくはこだわりのようなものを見つけ超えてください。

コンタクト

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それ行くぞ!行くと決めたなら 行くだけです

ブレーキは もう少し後でいい

スピードに慣れなさい

いろいろな事に気を回さずに 肝心要をおさえて 進むだけ

ブレーキは摩擦になるから かけなくてもよい

ブレーキは天が与えてくれるだろう

スピードに乗ることは 委ねることです

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今月23日24日で秩父に行きます。

秩父の大いなるエネルギー体よりメッセージが届きました。

コンタクト

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我はそこに在るもの 迎えるもの つぶすもの

その懐に入ろうという 勇気あるもの達

我の大きさを知れ 知った上で どう自分を表わすか どのような状態で訪れるか

しかと意識に乗せ その後 忘れ

純粋に 大地を楽しむつもりで 訪れなさい

我はいかなる存在にもなりうるものである

Qいかなる存在にもなりうるとは、神・光・闇・宇宙ということですか? 

我は地球の意識 地球には 

破壊、闇、光もあり、宇宙空間でもある

しかし、何も無い 宇宙空間の存在ではない

何も無い 宇宙空間の在り方としての存在ではない

『在る』として存在する 

全てのものに変容できる

Q インドネシアの火山の噴火は、地球規模で破壊の方向に進んでいるということですか?

破壊ではなく 活動である

活動が高まり 次の活動を呼ぶ

我の破壊とは 消滅させること 否定すること

在ってなきがごとしと使われること 使うこと これが破壊

人類は 破壊の文明である

これから 地球は大きな活動期に入る

Q それは、どんな意味があるのでしょうか?

我にとって 大きな意味があるわけではなく

お前達にとって 大きな意味があるわけでもない

意味はないが エネルギーとエネルギーがまざり ぶつかり 反応しあって形を変えていく

そこに意味はないが 様々な味わいに変容していくだろう

雲超え天高く飛ぶもの 地にもぐり大地の真なる姿を知るもの

一人取り残され 孤独を味わうもの

それぞれ それぞれの世界で 今の身の在り方を壊し 変容させるだろう

いてもたってもいられないほど 何かをしなくては いられない気持ちになるだろう

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膨大なメッセージが来ました。秩父に行かれる方、または、大きなものに立ち向かう方、それぞれに、準備してください!!