母の事・父の事」カテゴリーアーカイブ

88歳の父の言葉

6月の誕生日で89歳になる父は、3月胆石を開腹手術で取り除きました。

お医者さんから、命の保証はありませんと言われた手術でした。

開腹手術の前、内視鏡での手術を受けたのですが、あまりの痛みで本人がのたうち回り中止になった経緯があります。
主治医からはもう一度内視鏡による手術をと言う事でしたが、「あんな痛い思いをするのなら切ったが良い」と父が開腹手術を望みました。
昨年大腸癌でかなり腸を切除しており、年齢から考えても、みんなが心配の中の手術でした。

手術時間6時間輸血1000ミリリットル かなり癒着していたので、その対処をしていたらしい。。。

けれども、お医者様も看護師さんも目を見張る驚異的な回復力で、周りの人々もびっくりです!!

口が悪くて我儘で、困った患者さん

周りの人に迷惑かけていました。

父の面倒は母にしかできません。

父は母の悪口は言いません。

母はひそかに父に困っているけれど、父の良い面を探してそこだけ見るようにして、ともに生きることを実践しています。

糖尿もあるけれども、父が食べたいものを作って、父の生きる喜び食べる喜びをずっと支えています。

父がこの間庭の草取りをしたと聞き、大丈夫と電話すると、力強い声で、「気力をしっかり持たにゃあだめだわ!生きられんわ!」と言っていました。

私より力強い声。。。

生への執着と母は言いますが・・・・。

父は母のためにも力強く生き、母を支えているのだとおもいます。

3月大たい骨骨折で杖をつきながらよたよたしている母のため!!

人生って凄い。

*     *      *     *     *

父は、5歳の時、お寺に修行に出されました。

本人は口減らしに出された!!と言い張っていましたが、5歳児に写経をさせるでしょうか?

お掃除より写経がとっても苦しく、和尚さまは、遊びに行こうとした小さな父を叩いたといいます。
英才教育です。
きっと父の能力を認めて、厳しくしてくださったのだなと想像できました。
でも父は、その時から勉強に対して恐怖心が強くなったのでしょう、小学校にいけない病弱な子供で、小学校もろくに出ていない、勉強もできないと、自己喪失の人生でした。恨みも強くありました。

その父が生きることに対し強い意志を持っているのはまさに今なのです。

あんな力強い父の声を聞くのは初めてです。

人生って、どんなドラマになっているのか、想像を超える筋書きが書かれているのだなと改めて見せつけられました

父の人生 誇れる人生です。

もっと生き様を見せていただきたいと願います。

 

 

母の看病

83歳の母が6月末ご先祖様の法事を終え、ホッとした後、畑に行く前転び、大腿骨頚部骨折で緊急入院!そして、手術。

先月に引き続き7月22日から帰郷し、看病と実家の台所方をお手伝いです。
年をとり、歩けなくなることほどの絶望はありません。
そのショックで、ちょっとウツっぽくなった母を短時間ですが支える事となりました。
頑張り屋の母は、リハビリも理論をあれこれ考えながら体を動かしていました。
人はどんな時にもその中で何かをつかみ、死を迎えるまで生きる!を実践している姿でした。

腰が曲がった母が丹精込めて作った野菜のほんの一部です。ネギ・長ナス・プチトマトオクラ・きゅうり・とうもろこし・大葉・ピーマンあまり綺麗だったので、写真にカシャリ

 

「植えた苗が大きくなってな、ばあちゃんは嬉しくて嬉しくて、もっとあれこれ植えよう、もっと肥料をやって元気に育てようと希望でいっぱいだったんだ!
畑が活き生きして、野菜が可愛くて、希望がいっぱいだった。そんな気持ちで畑に行く前に転んだ。もう歩けない。・・・・・感動のあとの地獄だよ」

母が愛いっぱい育てた野菜を腐らせたら申し訳ないと想い、畑に行ったら、あまりの美しさに私も感動しました。
こんなに綺麗に整った畑は本当に久しぶりに見たんです。
病院に行き、綺麗な畑にしたんだね。今日はネギと鶏肉の炒め煮と、なすとピーマンの煮付けと、大葉としそときゅうりとオクラのサラダを作ったよと話をし、ヒーリングしながら、母の命を味わいながら、感謝と敬意を手に託していました。

母の辛さを和らげることはそうできません。
けれども、母と娘でいることに心から感謝し、傍にいただけでそこに小さな奇跡はたくさん起きました。以前の母の笑いが戻りました。

ただただ、ありがたさだけです。
焦らず、怠けず、体を動かすことで、この人は今回を乗り越えるだろうと実感しました。
ただ、人生は何が起きるかはわかりません。
今持てる感謝と敬意を、全身でエネルギーに変え注ぐのみでした。後悔のないよう。
後のことは、兄夫婦にお願いして、千葉へ向いました。

 

そうスムーズには帰してもらえないことが起きました。
とってもドジで、とっても奇妙な出来事です。
突然ですが、「そりゃそうじゃ~~」と目玉おやじの声が聞こえてきます。
この続きは明日・・・・

 

 

 

 

 

奥出雲の風景そして、25回忌・100回忌・250回忌法要

この時期に帰郷するのは何十年ぶりだろう。

田植えが終わり、新緑のあとの落ち着いた木々、山の緑は深くなり山が一回り大きくなるほどきは成長する。

 

 

 

 

 

 

 

 

父が随分以前に植林した杉の木はすくすくと成長していた。

山は人が入って人と共存する。
そうでなければ、植物同士の生存強が始まり、丈は勢力を伸ばし、ツルがはびこるだろう。
もっと放置するとどんな山になるんだろう。

昔の雑木林も、やはり人の知恵を自然との共存で使われた形なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

父が年老い、父が管理できていた山のも奥には入れなかった。。。。

 

今回の帰郷は祖父とご先祖様の法要

祖父は25回忌88歳のお祝いをした年に老衰で他界。

ご先祖様は若くなくったよう。

お一人は100回忌

もうお一人は250回忌

母が最後の先祖供養と力を振り絞った大事業!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お供え

お煮しめ
天ぷら
お漬物

朝早くからの母の手作り。
ご先祖様へのお供え

私にはできそうない。

 

ご先祖様すいません。

 

 

塔婆はその場で和尚様がお書きになった。